第8話
何かに使えるかも、と部屋の床に放置していた縄も回収し、俺たちは階段へと踏み込んだ
「入り口を閉じるからちょっと待ってね」
アルシェードが階段の壁にある如何にもそれっぽい魔法陣に指輪を当てると、入り口に近い壁から分厚い石の板が音もなく出て来て、ピッタリと入り口の穴に嵌った。
入り口を塞いだ板の裏に魔法陣がなければ、天井と見分けがつかない。
「凄いな、天井と見分けがつかないぞ」
「かなり高い技術が使われてるね。多分、土魔法を使って板と周りの石材を接合させてるんだと思う。一度接合すればその後は放置で良いし、起動させなければ魔力を使わないから低燃費で、隠蔽性にも優れてるから発見されにくい」
「ほー、そんな凄いのが何で一商会の建物に設置されてたんだ?」
「……絶対に分かってないよね。バルツフェルト家がこの都市を治める前から存在してた古い商会だから、腕の良い錬金術師か魔道具士にでも伝手があったんじゃないかな」
適当に相槌を打って気になる事を訊く俺に、アルシェードが何とも言い難い表情でこちらに視線を向ける。
俺がスラム街の人間だから、詳しく説明しても分からないと思って言いたい事を我慢してるのだろう。
実際、土魔法を使って低燃費で隠密性に優れているのは分かったが、何で高い技術が必要なのかがさっぱり分からない。
それを理解するには錬金術か、魔道具に関する知識が必要なのだろうが、生憎と原作ではその二つの分野について詳しく解説されていなかった。
「ただ階段を下りてるのも退屈だし、このネックレスについて話そうか。こっちなら専門的な知識も必要ないし、約束もしたしね」
「おっ、じゃあ頼む」
俺としてはどういう経緯で、指輪のネックレスがアルシェードの手に渡ったのかが気になるので、是非とも話を聞きたい。
決して、螺旋状の階段の終わりが見えなくて現実逃避をしたい訳ではない。
「そもそもこのネックレスはお母様の形見なんだ。それを十歳の誕生日の贈り物としてお父様から貰ってね。それからは肌身離さず身に付けているんだ」
「それがどうして隠し通路の鍵なんかに?」
「まあ、そう結論を急ぐものではないよ。しっかりと説明するからさ」
俺の疑問には答えず、アルシェードは苦笑して俺を宥める。彼女の言う事は一理あるというか、俺の堪え性のなさが悪かった。
話をぶった切って質問するのは良くなかったな。……アルシェードの方が俺よりも精神年齢が高い気がするのは、気のせいだと思いたい。
というか、今の話を聞いて思ったんだが敵対したとはいえ、殺した上に母親の形見を奪って使ってる主人公って、原作のアルシェードから見たらクズなのでは……?
いや、これ以上考えるのはやめよう。俺も主人公を操作してやってた事だから、ブーメラン過ぎる。
「こほん、肌身離さず持っていたのには形見以外にも、もう一つ理由があるんだ。このチェーンを通された指輪は魔道具で、ネックレスを許可なく触ったり奪おうとする行為や、僕への攻撃に反応して《
「つまりは護身用の魔道具ってことだな」
「そういうこと。それに普通、魔道具は魔石という特殊な石に魔力を込めないと使えないんだけど、貴族なら自分で魔力の補充も出来るから、魔力が切れていていざという時に使えないってことはないからね」
ゲームでの性能と同じだな。ゲームでは相手の攻撃を魔力が続く限りは軽減できるから、魔力の管理さえしっかりしていれば、そこそこ使えるアイテムだった。
「で、ここからが君の知りたい情報になってくるんだけど、見て分かる通りこれは元々指輪だったんだ。お父様がお母様に護身用としてプレゼントする時に、この内側の刻印、魔導式を削ると魔法が発動しなくなるから、仕方なくネックレスにしたんだ」
「まさか、指輪は商会長を捕まえた時に接収した物だったのか?」
「もう答えは分かったみたいだね。そう、家に保管されていたものをお父様が見つけて再利用した形になるのかな」
だが、そうなると疑問が一つ出てくる。隠し通路の出入り口の一つは商会長の屋敷にあるはずで、鍵となる指輪を手に入れていたなら、どうして出入り口を見つけられなかったのか、だ。
「おそらく、今の君はどうしてお爺様が出入り口を見つけられなかったのか、疑問に思ってるよね?」
「まあな、普通なら見つけられても、おかしくないだろ?」
「そうだね。見つけられなかった理由は簡単で、お爺様たちはこれが鍵だとは思わなかったんだよ。何せ、護身用の魔道具で指輪の内側に彫ってある魔導式も、《守護》のものだったんだから」
「それなら、その指輪を作った奴はどうやって鍵としての機能を持たせたんだ?」
疑問が疑問を呼ぶとはこの事なのだろうか?
この疑問もアルシェードは予想していたのだろう。彼女はニヤリと笑って話を続ける。
「そう、ではどうやって鍵としての機能を持たせたのか……言ってしまえば、簡単な話だよ。見えないところに魔導式を彫れば良い」
「……その場所がないから、お嬢のお爺様が鍵だと思わなかったんだよな?」
「場所ならあるじゃないか、この宝石の下に」
「そんな場所に本当に彫れるのか?」
アルシェードが言っているのは、指輪の宝石を支える土台部分の事だ。指輪の内側でさえ、何かを手作業で彫るならギリギリだろう。
実物さえなければ、とても信じられる話ではない。それとも、俺が知らないだけでこの世界にはそれを可能とする機械のような物があるのだろうか?
「……鍵としての機能を持たせるだけなら、必要な魔導式の量は僅かだから理論上は可能だとは思うけど、少なくとも僕はこの指輪を作った人物と同じことを出来る人を知らない。名工中の名工、そういうレベルの人が作ったんだと思う」
「……どんな伝手持ってたんだよ。その商会長のご先祖様」
「そんなの、僕が訊きたいぐらいだよ」
興味本位で聞いていた話が思ったよりスケールがデカかった上に、製作者について気になってしょうがない。
興味深い話ではあったんだが、こう、消化不良という感じがしてしまう。
暫くお互いに無言で階段を黙々と下りていると、横でアルシェードが声を上げた。
「おっ、階段の終わりが見えたよ!じゃあ、僕は先に行ってるね」
言うが早いか、アルシェードは俺を置いてさっさと階段を下りて行ってしまった。
無言だったのが気不味かったのか、もしくは単に階段をただ下りる事に飽きたのか、どちらかは分からないがそんなことよりも、俺は指輪の製作者が気になって仕方なかった。
「(そのレベルの錬金術師か、魔道具士ならストーリー上の重要なアイテムとかも作ってそうなんだよな)」
上の空で階段を下りていると、前に出して下した足に石の階段の感触がなく、あっ、と声を上げた時にはバランスを崩していた。
「おっととと、あ、ぐぇっ!?」
「大丈夫かい?何をやってるのさ、階段は気を付けて下りないとダメだよ?」
階段を転げ落ちはしなかったものの、床に顔面からダイブして情けない声を上げた俺に、アルシェードは呆れた顔をしながら立ち上がるのを手伝ってくれた。
そして、頭を怪我していないかを見るために、アルシェードが俺の前髪を退けると目を見開いた。
「っ!ライオス、君の目の色は……!」
「……俺にも重要な事なんだろうけど、先に回復魔法をお願いしても良いか?多分、たんこぶが出来てる」
ラムドの奴も驚いてたし、重要なのは分かってるんだが、そっちよりも目先の痛みをどうにかして欲しかった。
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