(3)


 昼食を終えて教室に向かうと、扉を塞ぐように身を乗り出して、中を覗き込む男の姿が目に入った。



「そこ邪魔なんだけど」

「な、なんだよお前!?」


 慌てふためく男を見下ろすと、男は隣にいる彼女に視線を移した。



「おい! 何で返事しないんだよ! 毎日メッセージ送ってるのに!」


 男の怒号に、彼女は身を強ばらせ、俯いた。



「知り合いか?」

「前に、告白断った人……」


 今にも泣き出しそうな彼女にそっと尋ねると、彼女は声を震わせながらそう答えた。



「コソコソ話してないで、なんとか言えよ!」


 激昂した男が彼女の細い腕を掴むと、彼女はビクッと身を竦ませた。その様子を見て、沸々と怒りが湧いて来る。


 突然現れて、汚い声で唾を撒き散らしながら捲し立てて、なんなんだコイツは。お陰で、楽しいお昼休みが台無しだ。


 男にこんな風に怒鳴りつけられたら、怖いに決まっている。自分はこんなこと絶対にしない。どんな時でも決して声を荒らげないというのは、彼女と過ごす上で、ひっそりと決めていたことだった。



「これ以上ストーカー行為を続けるなら、警察に届ける」


 彼女の腕を掴む男の手を強引に引き剥がし、力を込めて握り締めた。


「はぁ!? ストーカーなんてしてないだろ!」


 男が鼻息を荒くしながら弁明する。本当に、何から何まで醜い。こんな奴にまで好意を持たれるなんて、モテるのも良いことばかりじゃないんだな、と痛感する。



「スマホのメッセージを見せて相談すれば、学校や親に厳重注意くらいはされるかもな。受験で大事な時期だろ? 内申に響いてもいいのかよ」


 男は顔を真っ赤にしながら、じりじりと後ずさった。


「この、クソ女が!」


 男の捨て台詞に、彼女はびくりと肩を震わせた。こんな奴の言うことなんて、真に受けなくていい。そう言い聞かせるように、彼女の小さな手をそっと包み込んだ。



✳︎✳︎✳︎


「今日はありがとう。私のせいで、嫌な思いさせてごめんね」


 放課後、いつものカフェで、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「別にいいよ。災難だったな」


 そう言ってキャラメルマキアートを彼女に手渡すと、先程とは打って変わって、その大きな目が輝いた。こういう単純なところも、彼女の魅力の一つだろう。



「匠みたいな人が彼氏だったらいいのにな……」


 一口飲み終えた彼女がぽつりと言い、心臓が大きく脈打った。



 だったら付き合ってよ。


 そう言えたなら、どれだけ楽だろう。だけどもし、他の男たちみたく振られてしまったら? そう考えると、背筋が寒くなった。


 この関係を失ってしまうことが、怖くて怖くてたまらなかった。失うくらいなら、進展なんて望まない。このままで十分だ。


 押し黙る自分を見て、彼女は茶化すように、「なんてね」と笑った。

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