(2)


「ふぅ……」


 昼休みの屋上で、彼女は心なしか疲弊した様子で小さな溜息をついた。



「どうした?」

「さっきの人にね、話があるから放課後時間作ってほしいって言われた……」


 助けを求めるように目を潤ませる彼女をよそに、卵焼きを頬張った。丁度良いしょっぱさだ。返事を忘れたまま唐揚げに手を伸ばしたところで、不貞腐れた彼女の顔が視界に入り、焦って箸を置いた。



「チラッとしか見えなかったけど、イケメンだったじゃん」

「……匠の方がカッコいいよ」


 彼女からの唐突な賛辞に、鼓動が激しくなる。こそばゆさから、つい聞こえないフリをしてしまったが、内心では5回ほどガッツポーズをしていた。



「断るのがしんどいんだよね……」


 その憂鬱は、異性とまともに話したことすら無い自分には全くもって分からなかったが、話を合わせるため、適当な相槌を打った。



「もう! 絶対分かってないでしょ!」


 彼女が頬を膨らませながら、ポカポカと殴ってくる。意外と勘が鋭い。それとも、もう2年以上の付き合いになるからだろうか。



「私も匠みたいに、ハッキリ言える人になりたいよ」

「めちゃくちゃ嫌われるけどな」

「確かに!」


 そこは否定しろよ、と突っ込むと、彼女はケタケタ笑った。


 誰もが、彼女のことを心優しい女の子だと思っているだろう。だけど、本当の彼女はそうじゃない。面倒臭がりで、意外と口が悪く、思っていることが露骨に顔に出る。



 それでも、彼女は絶対にクラスメイトの前でボロを出さない。片時も笑顔を絶やすことなく、天然な女の子を演じ切っている。


 演じている、と言うと、また怒られるかもしれない。


 要は、本当の自分を押し殺してまで、愛されることに気を遣っている。彼女曰く、それが高校生活における処世術だそうだ。実際に彼女は新しいクラスでも、確固たる"愛されキャラ"の地位を確立している。



--匠は嘘がないよね。だから私も、本当の自分でいられるのかもしれない。



 高1の頃、彼女とよく話すようになってから言われた言葉だ。嬉しくて、何度も反芻した。みんなから愛される人気者の本当の姿を自分だけが知っているというのは、優越感があった。



「今日の用事が終わったらさ、いつものカフェ付き合ってよ」

「いいけど、用事とか言ってやるなよ。可哀想だろ」


 甘い物は苦手だ。大盛りのホイップクリームを見るだけでも、軽く胸焼けがする。そもそも、長ったらしいメニュー名がなかなか覚えられない。


 しかし、放課後カフェで彼女の愚痴を聞いてやるのも、きっと自分にしかできないことだ。そう思うと、くすぐったいような、むず痒いような、形容しがたい気持ちになる。

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