第8話 松木冬子③
「長い列だった……」
でもあんな風にねだられたら断れるわけないよな!
結局、冬子と新年限定というペアリングを購入したのだ。
裏側に西暦とハートが刻まれている。
「えへへ……かわいい……」
広げた手を見ながら、冬子がだらしなく頬を緩めている。
右手の薬指には、小さなリングが光っていた。
妙だな……冬子が表情を崩すなんて。そうか、菜月のフリをしているんだな!
「兄さんも付けてください」
「お、おう……。そんなに欲しかったのか? これ」
「もちろんです。ええ、前々から狙ってました」
「その割には、紬から聞いて思いついた感じだったけど……」
「そんなはずありません」
冬子から断言されると、本当にそんな感じがしてくる。
しかし、ペアリングの何がそんなにいいのだろうか……。
そもそも、指輪はつけ慣れていないせいか違和感が常に付き纏うから、あまり付けたくない。
そう思って指輪を付けずに鞄にしまうと、冬子がむすっとした。
ぐいと身を寄せて、人差し指を立てる。
「いいですか、兄さん。女の子はお揃いでなにかを身につけたいものなのです」
「圧がすごいな……」
「兄さんがつけてくれないと、私が菜月ちゃんの身体になにするかわかりませんよ」
「斬新な脅しだな!?」
「入れ替わりジョークです」
その割には、本気の表情だったけど……。
冬子が手をナイフに見立てて胸元に当てたので、菜月の胸が切り落とされる前に指輪を取りだした。
「わかった、わかったから!」
冬子と同じように、右手の薬指に嵌める。
左手だと結婚指輪になっちゃうからな。恋人同士は右手に付けるらしい。いや、恋人じゃないんだけど。
測ってもないのになぜかピッタリだった。
「えへへ……」
冬子がにんまりと口角を上げた。
嬉しそうでなにより……。
冬子は左手で俺の手を持ち上げて、右手を横に並べた。ペアリングが隣に並ぶ。
「今までは妹だからお揃いは、服や箸、マグカップや筆記用具、ストラップ、下着の色だけで我慢してましたが」
「全然我慢してな……下着の色!?」
「念願のペアリングです。まるで恋人みたいですね?」
「待って、下着の色ってなに?」
なにその話、知らない。
たしかに、前に冬子が俺の下着を選んで買ってきたことがあったが……まさか合わせてたなんて。
俺の疑問は、嬉しそうにペアリングを見る冬子には聞こえていないらしい。
「帰りましょうか」
「え? もういいのか?」
「はい。これ以上は幸せすぎて心臓が持ちません……」
「菜月の心臓だから大切にな」
いや、冬子のでも大切にしなきゃダメだけど。
あれから蓮太郎と紬に会うことはなく、デパートを出た。
自然に寄り添って歩く冬子を拒絶する気にもなれず、そのまま歩いた、
「やっぱり、幼馴染なら妹にはできないことをたくさんできます」
ぼそっと、冬子が呟いた。
「いや、でも冬子は……」
俺にとって、冬子は大事な妹だ。
妹だからこそ、なんのしがらみもなく愛せる。
でも……冬子は違う関係を望んでいるらしい。
「なんでダメなんですか? そもそも……っ!」
冬子は一瞬声を荒げて、はっとしたように口をつぐんだ。目を逸らして、もう一度口を開く。
「そもそも、私と兄さんは血が繋がっていないじゃないですか」
俺と冬子は義理の兄弟だ。
俺が小学二年生のころに、両親が再婚した。
菜月と出会ったのもちょうどその頃だから、あいつは知らない。普通に実の兄妹だと思っているだろう。
「だからこそ、だよ」
両親を安心させるために、俺たちはただの兄妹にならないといけない。
今だって二人暮らしを許されているのは、俺たちが仲のいい兄妹だからだ。
兄妹じゃないなら……許されない。
そんなこと、言い訳かもしれないけど。
「……わかりました」
「え? お、おう。わかってくれたならよかったよ」
「菜月ちゃんと入れ替わっている間に、兄さんと恋人になってみせます。幼馴染なら問題ないですよね?」
挑戦的に笑って、冬子が腕を離した。
「じゃあ、私は帰りますね。両親が待ってますから」
「……ああ。またな。妹よ」
「ええ、また。幼馴染の彰人くん」
小走りで去っていく冬子の背を見ながら、俺は深くため息をついた。
ぜんぜんわかってねぇ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます