第6話 松木冬子①
「兄さん。すみません、待ちましたか?」
「兄は待つものだろ。先に生まれて妹を待ってるくらいなんだから」
「なに言ってるんですか?」
カッコつけたら、菜月……いや、冬子に真顔で返された。
渾身の決め台詞が……。
まあ、大して待ってないんだけど。
「あれ? 菜月ちゃんは来てないんですね」
「ああ。外出したらすぐボロが出そうだからな。慣れるまでは家でゆっくりしてもらうことにした」
「なるほど、さすが兄さん。英断です」
「菜月に冬子のフリなんてできるわけないから……」
実際は、朝同じベッドで起きたことで一悶着あって気まずかったからだが……わざわざ言うことでもない。
菜月は今ごろ、家でだらだらしていることだろう。
時期に冬休みも終わり学校が始まるから、それまでにはなんとかしないとな……。
「……やっぱり冬子だと雰囲気が違うな」
じーっと冬子を見る。
中身が違うだけで、こうも立ち姿に違いが出るのか。
凛とした引き締まった表情と、ピンと伸びた背筋。纏う空気が全然違う。
「ああ、それは髪を下ろしているからじゃないですか? 菜月ちゃんはいつもポニテですし」
「ああ! なるほど! 道理で」
「私も結んでもいいんですけど、こっちのほうが慣れているので」
髪型の違いに気づけないとは、俺の注意力のなさが露見したな……。
これが非モテたる所以か。くっ、訓練が必要だ。
「では兄さん、行きましょう」
「……結局、どこに行くんだっけ? なんか集合場所だけ送られてきたけど」
「決まってるじゃないですか。デートです」
さも当たり前のことのように、冬子が言った。
「……へ?」
俺が首を傾げると、冬子も鏡合わせに傾いた。
冬子はじっと目を合わせたまま、もう一度「デートです」と言った。
「私は今菜月ちゃんですから、二人でお出かけしたらデートでしょう」
「いやいやいや、菜月とは何度も二人で遊んだけど、別にデートってわけじゃないぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。だいたい、デートってのは恋愛感情があって初めて名乗れるものであってだな……」
ふと、昨日の菜月の言葉を思い出す。
俺は菜月に一度、告白されている。
つまり、少なくともその時においては恋愛感情があったのだ。
ならデートなのでは……?
「兄さん?」
……いや、ないな。
菜月は幼馴染だ。二人で出かけるくらい普通のことだよな。
「……ともかく! これはデートではない。兄妹が仲良く出かけるだけだ」
「むう……まあそういうことにしてあげます」
冬子はなぜか不満そうに、唇を尖らせた。
「……とりあえず、行きましょうか。欲しい福袋があるんです」
「ああ、了解。荷物持ちなら任せてくれ」
冬子はいつものように自然と腕に手を絡ませてくる。俺の腕を抱くように引き寄せた。
やばい、当たってる。
なにがとは言わないが、菜月は冬子よりも大きいから、仕草はいつも通りでも当たってしまうのだ。
「ふ、冬子……?」
「? どうかしましたか?」
「いやさ、その……」
ちらりと視線を向けると、冬子はきょとんと瞬いた。
あれ……? もしかしてまったく気にしてない……?
そ、そうだよな。相手は冬子だ。今さら、体が触れたくらいで気にすることなんて……。
「冬子……今は菜月なんだから、あんまりくっつくのは、ちょっとまずくないか?」
直接当たっていると言う度胸はないので、遠回しな言い方になってしまった。
「いやです」
俺の言葉を聞いて、冬子は何を思ったのか、さらに密着してきた。
俺の腕が、柔らかいものに包まれる。
「……やっぱ好きなんだ」
ぼそっと、冬子が呟いた。
「うえ!? 好きじゃない! ……いや、男として、あくまで一般的な範疇ではどちらかといえば好きだが、だからといって」
「やっぱり、兄さんは菜月ちゃんが好きなんですね。私がくっついても、平然としてたのに」
「ああ、そっちね……」
「? そっち、とは?」
「いや、なんでもない」
ふう、余計なことを口走る前でよかった。
冬子は頭いいのに、意外と鈍感だな。
もしくは、巨乳になったことがないから気づかないだけかもしれない。
ちなみに、俺は大きいのも小さいのも好きだ。……何の話だっけ?
「でも、今の私は妹ではないです。幼馴染なら……兄さんと恋愛だってできますよね?」
俺が邪なことを考えていると、冬子が真剣な顔でそう言ってきた。
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