第5話 恋ヶ窪菜月③

「ね、いいじゃん。冬子といつも一緒に寝てるんでしょ?」

「アホなこと言ってないで、離せ」

「私とは一緒に寝てくれないんだ」

「そりゃあ、お前は妹じゃないし」


 菜月は拗ねたように、唇を尖らせる。


 俺の腕をぐいっと引っ張って、身体を寄せた。

 少し潤んだ瞳で、俺をじっと見つめる。


 身体は間違いなく冬子だ。

 でも、冬子はこんな表情はしない。


 そのことに、ひどく感情が揺さぶられる。

 どういう気持ちで接したらいいのかわからない。


 菜月はそっと顔を近づけて、ニッと口角を上げた。


「ぶはっ、彰人、意識しすぎ。ウケる」


 吹き出して、俺から離れる。


「リビング寒いから部屋くらい同じでいいよって意味だよ。今何月だと思ってるの? 今日から一月だよ」

「そ、そうか……! でもいいのか?」

「ただの幼馴染に、なにを今さら遠慮してるのー。あ、それとも彰人は妹の身体に欲情しちゃうヤバい人なんだ」

「馬鹿言え」


 まったく。

 まともに取り合うと疲れるな、相変わらず。


 お互い思春期になってからはそんな機会もなくなったが、昔はそれこそ一緒に風呂だって入っていた。


 同じ部屋で寝るくらい、大した問題ではないか。

 ベッドは部屋の両端にあるから、距離も離れている。


 なんだか俺だけ気にしていたみたいで、ちょっとムカつくが。


「菜月のイビキを聴きたくなかっただけだよ」

「へ? イビキなんてかかないもん!」

「どうだか」


 肩をすくめて、なるべく平常心を装いながら部屋に入る。


 時刻はもう十二時を回っている。

 冬休み中とはいえ、生活リズムを崩さないほうがいいからな。

 冬子が肌荒れでもしたら大変だ。


「じゃあ、寝るか」

「ほーい」

「電気消すぞ」

「え、なにその初夜みたいな言い方」

「リビングで寝かすぞ」


 睨みを効かせると、菜月はケタケタと笑った。


 なんだかんだ、菜月とは一緒にいて苦じゃない。幼馴染という気楽な関係は、入れ替わりという謎現象が起きてもそう変わらないか。


 菜月が「冬子の匂い〜」などと言いながらベッドに入ったのを見届けて、電気を消す。


 手探りで自分のベッドまでたどり着くと、そのまま布団に潜り込んだ。


 新年の初っ端から、色々ありすぎだ。


 明日になったら解消していることを願いつつ、目を閉じた。




 ……寝れない


 昨日、大晦日だからと調子乗って夜更かししたせいだな。


 壁側を向いて、横向きになって、深呼吸する。

 こういう時は、無心になるに限る。


 そう思っていると、背後からモゾモゾと音が聞こえた。


「彰人、もう寝た……?」


 囁くような声が、すぐ耳元からした。

 なにか返事をする前に、俺の布団が少しめくられる。


「入っても、いいよね。妹だもん」


 言い訳するような口調の、独り言。


 そして、ゆっくりと菜月が入ってくる。


 俺はなぜか、寝たふりを続けた。


「えへへ……彰人の背中、いつの間にこんなに大きくなってたんだね」


 それは冬子の身体になったから相対的に大きく感じるだけだ。

 両手のひらを背中に当ててくる菜月に、心の中で反論した。


「私が妹だったら、いつでも彰人にくっつけたのかな」


 菜月の独り言は続く。


「それとも、私が冬子みたいにお淑やかで可愛かったら」


 じんわりと、背中に熱を感じる。

 感覚的に、額を押しつけているのだろうか。


「私がもっと可愛い幼馴染だったら、告白したとき、オッケーしてくれた? 彰人の彼女になれた?」


 涙声の菜月が、そう小さく呟いた。


 菜月が俺に告白したことを、冬子は知らない。

 それを俺が断ったことも。


「ごめんね。可愛くない幼馴染で。でも……今だけは、くっついてもいいよね。彼女じゃなくても、妹の距離感なら」


 俺は、なにも答えない。

 そんな権利はない。


 それ以降、菜月は喋ることはなく、次第に寝息を立て始めた。


 俺は朝までろくに眠れなかった。

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