追う勇者

「誰もいない?」


 重騎士が見つけた垂れ幕裏の隠し通路の先にある3LDKの一室。この世界に勇者として召喚されて久しく見てない日本モダン住宅風の内装がひどく懐かしさを感じさせる。床に散らばるポップコーンと机に置かれた細かい気泡が浮かぶ翠の液体が入ったグラスを見るに、ついさっきまで誰かがいた事は間違いない。


「物が置いて無い割に圧迫感を感じる」


 重騎士の言う通り部屋は片付けられて見えるのに妙に狭っ苦しく感じる。だが、今気にすべきは——


「ちょっと、あれ……」


 ——女魔道士が指差す宙に浮かぶ無数の映像だ。監視カメラの映像みたく映る通路や部屋には見覚えがあった。此処に来るまで否が応にも見てきた魔王城で間違いない。


「これで俺達の戦いを観てたのか!?」


 ただ一つ、毛色が異なる映像がある。


「って、何よこれ!?」


 彼女が叫ぶのも無理もない。

 魔王戦の前、長い階段の果てが見えたと喜んで駆け上がる女魔道士に落ちてきた金ダライが直撃する瞬間がご丁寧に三方向から撮られていた。その後の階段が坂になって無様に転がっていく俺達の様子も撮影されており、軽快な音楽まで添えられている。


「わぁ〜この翠のお水、甘くてシュワシュワして美味しいです」


 僧侶は僧侶で何やってんの!? てか、飲んだの?!


「勇者さんもどうですか? こちらの変わった材質の容器にたっぷりありますよ〜」


 なんで異世界の魔王城に冷蔵庫とペットボトルがあるの? うん、これ——


「——メロンソーダじゃん」


 美味しかった。


「うわ、何これ。ガラクタ?」


 女魔道士の声に振り返ると片付いて見えていた部屋がパソコンやゲーム機といった雑多な機械群に溢れかえっていた。あ、このペンタブ欲しかったやつじゃん。


「ちょっと勇者? そんなよくわかんないモノ見てないでコレ、あんたも【鑑定】して」


 震える手で【鑑定】スキルを使えと渡された衣装を鑑定して思わず息を呑んだ。


「試作・大魔王の衣〈魔法特化仕様〉!?」


 装備要求ステータスが俺達のステータスを大幅に上回っているのに加えて、俺達の最強装備を軽く凌駕する驚異的な性能を示す鑑定結果。だが、真に驚くべきは似た様な衣装が何着も無造作に転がっている事だ。

 

 胴の装備だけで魔王を超越した戦闘力の片鱗を見せる大魔王の存在に恐怖を覚えずにはいられなかった。


「おい、あれを見ろ! さっきまでいたとこに誰かいる」


 重騎士が指差す先の映像に映るは大魔王の衣に酷似した服を着る男が歩く姿。


「ん? このよくわからん物体の山はどっから湧いた」

「幻惑の魔法を解いただけよ。そんなことよりどうするの? あれ、たぶん大魔王よ」

「なんだと?」「ほぇ〜そんなんですか」


 なまじ装備から大魔王の強さを実感してしまった分、大魔王と戦うのが怖くて仕方がない。


 だが、俺は勇者だ。

 強大な敵とは何度だって戦ってきた。


「大魔王がどんなに強くても、魔王城から解き放つ訳にはいかない。追おう!」

「そうね」「そうだな」「ですね〜」


 急いで暗闇の通過を駆け抜け大魔王のいる、魔王と戦った玉座の間へ。


「いたぞ!」


 魔王を倒した後、開けられずに困っていた大扉を撫でる大魔王の背を目にした瞬間——


 今までにボスと戦う度に味わってきた『ボスの嗜み』とか言う逃走を拒む結界とは比べものにならない背後の重圧感が、本来動かないはずの『ボスの嗜み』が大魔王を基点に動いている事が


 ——俺達は大魔王から逃げられないのだと強制的に悟らされた。


 大魔王は俺達に目もくれず大扉の隠し扉を開けて進む。


「ぐっ!?」


 大魔王の移動に合わせて動いた『ボスの嗜み』……いや、『裏ボスの嗜み』とでも呼ぼうソレは一番足の遅い重騎士を弾き飛ばした。


「気をつけろ、この不可視の障壁は俺でもダメージを受けるぞ!」


 パーティで最大の防御力を誇る重騎士に忠告に全速力になる女魔道士と僧侶。俺は重騎士と共に動く障壁を止められないかと盾を構える。


「「ぐわっ!?」」


 無理だった。

 けど、一つ分かったことがある。


「これは固定ダメージだ。防御無視のダメージだが一接触当たりのダメージは小さい。壁と挟まれないよう追いかけるんだ!」


 大魔王が開けたままだった隠し扉を通ると、大魔王は例の長い階段前にいた。そして大魔王が指を鳴らすと、女魔道士を気絶させた金ダライと同じ物が上から降ってくる。


「待てやゴラァ!」


 一度女魔道士に直撃するのを見ていた俺達は造作もなく金ダライを避ける。またも金ダライが直撃した女魔道士がブチギレて一人前に出て追いかけるが、大魔王は坂になった階段を降ってきた金ダライに乗って華麗に滑っていった。


「痛ででででで——ひっ、そこは!?」


 俺達が走るよりも早く大魔王が金ダライで滑っていくせいで障壁に弾かれて追う俺達の前に待ち構えるは重騎士のトラウマ。大魔王の速度が落ちてきているとはいえ、ソレを避けて走る余裕もない。跳んで避けるしかないが跳躍力の低い重騎士は防御力を頼りに床から飛び出す槍を受ける他なかった。南無三。


 再び大魔王が指を鳴らすと背後から轟音が聞こえてくる。


「この音は——やっぱり!?」


 全てを押し流す大量の水。

 泳げない俺はなす術なく流されるしかない。

 俺も金ダライ乗っとけばよかった。


「ま、待——へぶ!?」


 水の勢いも弱まり、立って大魔王を追おうとするも滑って立ち上がれない。流れてきたのは大量の水ではなくローションだったらしい。


 そして鳴り響く大魔王の指の音。


 俺達は体勢を立て直せないまま身構えるが何も起きなかった。


「おちょくられてるわね」


 ローション塗れで障壁に弾かれると思いの他距離を稼げる。おかげでローションを魔法で洗い流す余裕があった。


 金ダライで滑る大魔王の勢いもようやく弱まり、あと少しで追いつける。


「ようやく追い付けそうです……ね?! あ、あの罠は——」


 武器を構えようとした俺達を嘲笑うかの様に大魔王は回転罠の上でぐるぐる回っている。金ダライに乗ったまま。


 回転罠は装備外しの罠でもある。

 迂闊に近づけば装備無しで大魔王と対峙することになりかねない。


「——ダメ。私の、私の私の私の私の私の私のああぁぁぁ…………」


 おまけに僧侶のトラウマでもある。


 あれは痛ましい事件だった。

 罠に乗って外れた僧侶の偽乳パッドが遠心力で胸元から飛び出し、絶壁な女魔道士の胸へと貼り付くなんて誰が予想できようか。

 誤魔化しようの無い現実萎んでしまった巨乳もとい虚乳に、絶壁を気にする女魔道士さえ言葉を失った時の絶望に染まった僧侶の顔は今も記憶の片隅に張り付いて剥がれようとしない……女魔道士にくっ付いた偽乳は簡単に剥がれたのに。


「あの野郎、笑ってやがる」


 重騎士の声に僧侶から大魔王に視線を向ければ金ダライに乗って高速回転しながら口を押さえてはいるが笑いを堪えきれないのか頬が膨らんでいる大魔王が見えた。


「これは胸を守る大事な大事な軟式胸部装甲であって? 未来の私の姿を前借りしてるだけですから!」


 僧侶があの事件の時と一言一句変わらぬ必死な弁明を叫ぶと大魔王は笑いを堪えきれなくなったのか金ダライの上で座ったまま前屈みに。


「ちゃんと、きっと? 絶対! 大きくなるんで——きゃぁ!?」


 大魔王は笑いすぎて咳き込んだのか咳ばらいみたいな音を立てると、金ダライを傾け回転の勢いを利用して高速で転がっていく。あまりにも突然だった為、俺達は構える事もできず障壁に吹っ飛ばされは転がるを繰り返し羽目になり体力をかなり削られた。






「やっと……止まったわね」 

「今、回復魔法をかけますね」

「危ないところだった」


 幸いにも体力を削り切られる前に大魔王の回転が緩まり、なんとか体勢を立て直し回復魔法をかけることに成功すると大魔王の回転も完全に止まる。

 こちらが武器を構えて戦闘体勢を取るも、大魔王は意に関せず俺達に依然として背を向けたまま不敵に笑った。


「い〜や、まだだ。ここにはまだアレがある」


「アレ?」


 周囲を見渡して気付く。


「っ!? まさかここは——」


 通る度に番兵のゴーレムを倒さねばならない苦行の地。大魔王の眼前にある扉の向こうではゴーレムが復活しているのは間違いない。


「扉を開けさせちゃダメだ!」


 高耐久・再生能力持ちの相手を何度もさせられたトラウマが蘇る。大魔王に加えて、あのゴーレムの相手なんて絶対に御免だ。この時、俺達の心は一つだったに違いない。


「開くのは〜扉だけじゃ、ないんだな〜」


 だから大魔王の狙いに気付くことが出来なかった。スイッチでも押す様な音共に浮遊感に包まれるまで。


「また、ローションかよ〜!?」


 床が開く落とし穴、その先にあるのは魔王城入り口へと続くローション塗れの滑り台の存在を思い出して入れば結果は違ったのだろうか。いや、きっと変わらないな。



「ま、待て……」

「い〜や、待たない」


 滑って立てない俺達を尻目に大魔王は魔王城正面玄関の門を開け放ち——



「さよならだ」



 ——俺達の方を振り向く事なく姿を消したのだった。『裏ボスの嗜み』は『ボスの嗜み』と同じで転移に不対応らしい。




「ねぇ、大魔王の顔見た人いる?」

「俺は見てない」「私もです」「俺もだ」


「あの部屋を探せば肖像画くらい出てくるのでしょうか」

「有るかどうかも分からない絵を探しにもう一回魔王城攻略するの?」


「「「「……帰ろう」」」」


 勇者一行俺たちの心は完全に折れていた。



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