大魔王様は逃げられない 〜異世界転生で大魔王になって苦労して育てた魔王が異世界召喚できた勇者に倒されました……え、これもう詰んでない?〜
真偽ゆらり
逃げる大魔王
「あの
魔王の間、その玉座の裏から繋がる小部屋にて頭を抱えて叫ぶ存在が一つ。
「あれほど口酸っぱくして
来場者の不安と恐怖を煽る悍ましくも美しい内装に、侵入者を苛烈かつ狡猾に出迎える殺意の高い罠が蔓延る悪名高き魔王城の最奥よりも奥にある
「ヤベェ……玉座の裏調べようとしてる!? あわわわ、どうする! どうする!?」
『大魔王』であるこの男が何故慌てているのか? その答えは『大魔王』本人の戦闘力の無さにあった。魔王を従える手前「俺、魔法系特化型魔王だから?」と魔王の配下達に舐められない最低限度の筋力を保持してはいるが、小さい頃から手塩にかけて育てた魔王を倒す様な
「ああ、もう。
あ、そんな事言っちゃう?
「……え?」
宙に浮かぶ魔王城各所の映像。
「まさか、はは……まさかね」
不審な物音に気付いた勇者の仲間の1人が此処へと繋がる通路が隠された垂れ幕を捲り、暗闇に包まれた通路を発見する。
「何してくれてんの!?」
火炎魔法はおろか照明魔法でさえも照らす事が叶わない暗黒の通路に躊躇いを見せていた勇者一行だったが、通路奥から響いてきた声らしき物音に意を決して足を踏み入れた。
あ〜あ、でかい声出すから。
「………………」
今さら息を潜めたって無駄無駄。
ゆっくりと、だが確実に冷たい鉄靴の音が近づいてきている。
ほらほら、時間無いよ。どうする、戦う?
「戦う? いや、論外。勝てるワケ無い」
大魔王は床にぶちまけられたポップコーンを払い、並ぶ転移魔法陣を眺める。
……使わないの?
「どれが何処に繋がってたっけ……」
この大魔王、目的を達成するべく動く時以外は基本的にズボラである。乱雑に積まれたこの世界の住人には
「ガラクタ言うな。って、それより一体どれを選べば……」
別にどれでもいいではなかろうか。さっさと選べ。
「は?」
どれを選んでもこの部屋からは移動できる。
「確かに」
あと、鍵ってかけた?
「っ!? かけてない!」
慌てて目の前の転移魔法陣ヘと飛び込む大魔王は大きなミスを冒している事に気付いていない。
「誰もいない?」
「物があまり置いて無い割に圧迫感を感じる」
「ちょっと、あれ……」
「これで俺達の戦いを観てたのか!?」
「って、何よこれ!?」
大魔王がいた部屋へと乗り込んだ勇者一行の前には魔王城各所の映像が浮かんでいた。編集途中の『勇者一行・珍プレー集』と一緒に。
「おい、あれを見ろ!
監視映像を消し忘れたのでは見つかるのは必然である。
「……一番使うからって手前のは魔王の間行きにしてたんだった」
激戦の爪跡が残る魔王の間を進む大魔王。
「あれ? 鍵かかってる。そうだ、あの
説明しよう!
主級領域——通称『ボスの嗜み』とは自身と敵対者を見えない壁みたいな何かで囲い、敵を逃げられなくするボスを任される為には必須の技能である。ある程度の知能が有る魔王軍関係者であれば誰でも習得可能だが肝心の魔王は覚えられなかった。バカなので。
それ故に魔王の間は
ちなみに主級領域の見えない壁に向かって誰か一人でも一定時間走り続けると主級領域が解除されるのは余り知られていない。
「え〜と確か『さんさんたいよう〜照らす山〜川を下って行きまして〜さんかくお花のぴょんっととなりに〜』あった隠し扉!」
今大魔王が童謡っぽく歌ったのは逆オートロック式巨大扉の模様に隠された常用扉の位置を示す歌であり、何度教えても無理矢理巨大扉の方を開けようとする魔王に覚えさせるべく大魔王によって作られた魔王用子守唄の一つだ。
魔王城図書室の良い子の絵本コーナーにある唄う絵本にも収録されているので、魔王城図書室に寄った際は是非聴いてみてほしい。大魔王って以外と美声なので。
「いたぞ!」
大魔王が隠し扉を開けると玉座裏の暗黒通路から勇者一行が現れる。この瞬間、大魔王が持つ『真・主級領域』が展開された。
『真・主級領域』は通常の主級領域と異なり敵対者に直接目視されただけで発動し、発動時の術者と敵対者の中間地ではなく大魔王を起点として展開される。最大の特徴は逃走を阻む不可視の壁に触れた者に固定ダメージを与えて弾く事。
大魔王からは逃げられない。
まぁ、その大魔王が逃げてるんだけど。
「笑うな。それより、もしかしなくても真・主級領域って発動してる?」
してるしてる。
大魔王も逃げられないね。
「いや、逃げる。逃げて真・主級領域の固定ダメージで削り倒す!」
そう言って大魔王は階段の罠を起動し、女魔道士を気絶させた実績のある金ダライをに乗って坂になった階段を滑る。
「待てやゴラァ!」
金ダライを見てブチギレる女魔道士の怒声もなんなその。大魔王は猛スピードで階段を滑り落ちていく。
「痛ででででで——ひっ、そこは!?」
固定ダメージの前では重騎士の防御力も無意味だった。階段坂の勢いを維持して滑り進む大魔王と不可視の壁に弾かれて進む勇者一行の前には、股間を急襲し重騎士さえも悶絶させた槍が飛び出す床が待ち受ける。
「うぃ〜きゃん、ふら〜〜〜い!」
床から飛び出す槍に打ち上げられた大魔王は幼少期の魔王と一緒に金ダライに乗って魔王城を滑走して遊んだ事を思い出していた。そして、更なる罠を起動する。
「この音は——やっぱり!?」
カナヅチな勇者を絶望で飲み込んだローションの激流に浮かぶ金ダライ上の大魔王と流されて不可視の壁に弾かれるを繰り返す勇者一行。
「ま、待——へぶ!?」
勇者一行はローションで滑って上手く立てないでいた。
「よし、ここだ! モンスターハウス…………あれ?」
勇者一行を追い込んだ魔物が大量に湧く罠を大魔王は起動させるが何も起きない。追い込んだだけで逆に全滅させられたのは魔物達の方であり、大魔王が魔物の補充をしていなかったので魔物が出てこないのは当然である。
「ようやく追い付けそうです……ね?! あ、あの罠は——」
ローションで滑りが良くなろうと推進機能の無い金ダライはやがて止まる。そして止まった場所はまたしても罠の上。乗った者の装備を外し、巨乳僧侶を偽乳僧侶と変えた回転罠はかかったモノを差別無く乗せて回った。
しかし、大魔王の装備は外れない。何故なら大魔王装備は作ったいいが能力値が足りず装備できない為、今大魔王が着ているのは姿形をそれっぽく見せた何の効果も無い単なるコスプレ衣装に過ぎないからだ。
「やばい……吐きそう。のわ!?」
大魔王はありもしない威厳を保つ為に吐き気を堪えようと口元を抑える。しかし、高速回転する金ダライの上で不用意に動けばバランスが崩れてもおかしくはない。
現に浮いて回転していた金ダライが回転罠に接地しようとしていた。
回転は推進力を生む。
まぁ、この場合は金ダライが自転と回転罠の回転速度を合わせた猛スピードで転がってくだけだが。
「目が、目が回——ぅっぷ……」
大魔王を乗せた金ダライは重い。
重ければ摩擦も大きくなる。
転がる金ダライが止まるのに長い時間は要さなかった。
「やっと……止まったわね」
大魔王が猛スピードで逃げれば真・主級領域の見えない壁も同じスピードで追随する。
「今、回復魔法をかけますね」
故に、勇者一行も真・主級領域の見えない壁に弾かれ大魔王と同じスピードか弾かれる分速いスピードで移動させられていた。
「危ないところだった」
大魔王様は逃げられない。
自力で真・主級領域を解除できないんだし、そろそろ観念したら?
「い〜や、まだだ。ここにはまだアレがある」
「アレ? っ!? まさかここは——」
古より伝わる由緒正しき罠であるアレは当然魔王城にも設置されている。
今、大魔王と勇者一行がいる場所は大魔王謹製の二大ゴーレムを倒さねば辿り着けない。
「扉を開けさせちゃダメだ!」
大魔王よりも扉を開けさせない事を優先する勇者一行。それは無理も無いことだった。
扉の先にいる大魔王謹製ゴーレムは耐久性と再生能力に特化しており、ただひたすらに倒すのが面倒臭いのだ。勇者一行が二度と相手をしたくないと思えるほどに。
幾ら倒そうと魔王城が健在な限り無限に復活する厄介なゴーレムが扉の向こうにいるとはいえ、勇者一行は肝心な事を忘れている。
謹製ゴーレムとの再戦を余儀なくされて勇者一行の心を折りかけた原初の罠の存在を。
「開くのは〜扉だけじゃ、ないんだな〜」
大魔王が握ったスイッチを押す様な動作をすると床が真っ二つに割れて開いた。
落ちた一同は魔王城エントランスへと続くローション塗れの滑り台を滑っていく。
長いようで短い滑り台の出口であるエントランスの天井からローション塗れの勇者一行は吐き出されるように、金ダライに乗った大魔王は華麗に着地を決めた。
「ま、待て……」
「い〜や、待たない」
滑って立てない勇者一行を尻目に大魔王は魔王城正面玄関の門を開け放つ。
「さよならだ」
あ、ところで大魔王……
「………………あ」
魔王城勤務の魔王軍関係者は魔王城外出許可証を所持せず魔王城を出ることができない。
それは大魔王でも例外ではあらず、許可証無しに城外へ出たモノは持ち場へと強制転移させられる。
つまり——
「振り出しかよ〜!?」
——大魔王様は逃げられない。
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