第35話 外伝その1

血の味がする。


王国を放逐され、どのくらい歩いたのだろうか。


きっかけは些細な事だった。


教会の炊き出しの順番、薄いスープの中身、不揃いの固いパンの大きさ。


教会の広場の片隅で、路傍ろぼうの花を見ながら味などしないスープに固いパンを浸していた時だった。


「おい!! 給仕の女に色目使ってやがったな!」

「てめえのだけ量が多いだろが!!」



たしかそんな事を言われた気がする。


だが俺という人間の薄皮一枚奥には鬱屈うっくつとしたもやが立ち込め、世界を拒絶していた。


まるで一人夜道を歩いている時に聞こえる通りすがりの家からの団欒だんらん

あるいは仕置き部屋の小さな天窓から降ってくるように聞こえる広場の祭り囃子ばやし


事象として存在をしていても自分には関わりの無いもの。

捨て去ったもの。手が届かないと諦めたもの。


靄の向こうの声に反応もせず、手でも千切れぬ固いパンの外側にスープが浸透していくのをまんじりと眺めていた。


「聞いてんのかてめぇ!!」


パンに染みるより早く地面に消えていったスープを見て、自分が殴られたのだと気づいた。あるいは蹴飛ばされたのだろうか。


どちらでもよかった。


数日前から広場の片隅で動かない俺を心配した女が、半ば強引に炊き出しに並ばせただけ。


俺に食われるより目の前に咲く名も知らぬ花にくれてやった方が有意義だと思った。


「なんだコイツ! 抵抗もしねぇのか」

「つまらねぇなこの糞袋が!」


痛みを感じるというより口内の血の味に生きている、生きてしまっているという罪悪感を覚えた。


何故踏み潰されたこの花ではなく、自分が生きているのだろうか。


双月が昇る時間になっても、そんな事を考えてその花を見つめていた。



――――――――――――――――――――――――――


「クレメンスさん」


「んー、なんや?」


「あと峠を2つ越えると獣人族の国に入ります」

「先程ジジから聞いたのですが、出国の際に冒険者のチーム名を決めねばならないと」

「何か良い案があればと思って」


「だーかーらぁー!」

「超絶最高冒険者団だって言ってんだろ!」


「私は崇高なる猫団がいいと思います」


「いやいや赤母衣衆に決まってゴザル!」


「あら? 可憐な魔道士リリーとそのお供団でしょう?」


「鉄血団に決まってます! そうでしょ団長?」



「…こんな訳でして」


「難儀やねぇ」

「ワイは花の名前とか好きやけどなぁ」


「…花…ですか」

「戦続きの人生だったもんで花の名前なんて…」



「あぁ、そういえばこんな花なんですがなんて名前なんですかね?」


「この花は…」

「そやね」

「ロベルトはんにピッタリやで」


――――――――――――――――――――――――――


「出国の手続きですね」

「ではこちらに人数と、冒険者の方でしたら団体名をお願いします」


「…7人だ」

「チーム名は…」



鉄花のナヴィガトリア外伝


『鉄血の春紫菀ハルジオン』 完

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