鉄花のナヴィガトリア(通常版)

第29話 何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ

『戴冠の間』

遷宮の後、かつての大広間の現在の呼び名である。

最奥の一際大きい開口部からは建国の折に教会から贈られた世界樹が覘いている。

当初は芥（あくた）の草木と見誤る程の苗木であった世界樹も、当代で十数代を経た今では烏瓜殿の方が睥睨（へいげい）する程まで枝葉を伸ばしていた。

戴冠式の折には王国中の諸侯が一堂に会する王族の象徴の中心部である

「……ついにここまで来たな」

「ええか皆、打ち合わせ通りに頼むで」

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王都奪還作戦の決定前日

「で？　森ジジイ、その話本当なのか？」

「十中八九間違いないで」

「奴さん達の狙いは世界樹や」

「『魔大陸』って知ってるやろ？」

「ジジ、解説頼む」

「えぇ…全くもぅ…」

――『魔大陸』

王国のある大陸と最南端で弧を描く様にしてかろうじて繋がる東方の大陸である。

獣人の国が両大陸に跨（また）がっている為、人族にとっては辛うじて噂話が聞こえてくる程度の文字通り人跡未踏の未開の土地であり、魔族や不死人達が数百年に渡って覇権を争う血塗られた陰惨な歴史の端切れは、人族にとって酒場の噂話や寝物語に度々登場しては好奇心と畏怖の対象になっている――

「と、まぁこちらの大陸に住む『穏健派』と違って、あちらの大陸では主に『強硬派』の獣人族、不死人族、竜族、巨人族、魔族の五種族が数百年もの間覇権争いをしてるのです」

「やべぇって事は伝わったぜ……」

「そう。そんで不死人族は、例外的に存在自体に魔力が必要な大飯喰らいやねん」

「そんで王国の世界樹を狙うとるっちゅー寸法やな」

「んでこっからが本題やねんけど、世界樹ゆーのは数年に一度魔力がたんまり詰まった花を咲かすんや」

「そんで実になればワイみたいな『守人』が生まれてくんねんやな」

「なんと！　守人殿は世界樹そのものでゴザったか！」

「割と常識やで……」

「悪かったなジジイ、非常識な集まりで」

「ま、まぁええんやで」

「そんでその花の開花を待ってたから四年間も引き籠もってたんやな」

「守り人様、つまりその花が咲くと？」

「そういうこっちゃ」

「要はその花とやらが咲いて奪われる前に、アイツらをぶっ倒せばいいんだろ！」

「……そういうこっちゃ」

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「頭が割れそうです……」

「開花が近いな。急ぐで！」

戴冠の間へ続く幅の広い通路には、建国以来の様々な調度品達が、一様に具墨（ぐずみ）を塗られたかの如く静かに、息を潜めるように鎮座している。

「痛ましいのぉ」

「あぁ先達よお許しくだされ」

そう言うと西方のエルフ様式の壺は、背後の不死人と共に飛び散る間も与えられずに拉ひしゃげていった。

「余程価値のある壺でゴザったか」

「異邦人よ、そうではない」

「壺などまた用意すればよい」

「真の宝とは喪（うしな）ってしまっては戻らぬものなのだ…」

「……」

「一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。とは我が主の受け売りでゴザルが」

「…急ぐで…ゴザルよ」

「あぁ」

「そうじゃな」

――『献身以て護国の盾と為し、智恵以て護国の剣と成す』

そう信条の入った紋章。

拉げたその鎧を一撫でし、同じ紋章の入った老境の漢は深く息を吐いた――

次回　　『The Lonely Goatherd』