第25話 バカみたいに愛してた

「へっ! こうなっちゃお貴族様もお終いだな」


――王宮の長い廊下に蠢く骸骨を蹴散らして赤髪の少女が言った。


『それ』は冬の早朝、水桶に張った薄氷の様に、パキリという音を立てすすまみれの燭台に突っ伏した。


赤黒い泥の奥に辛うじて見て取れる金糸の装飾は、何かの勲章であったろうか。

大柄で華美な儀礼服から察するに、生前は恰幅の良い御仁であったのだろう。


「どんな人間でも骨の太さは平等なのさ」

「後はその皮の内に何を詰め込むかの差でしかない」


旧友の言葉を思い出す。


この御仁が骨と煌びやかな儀礼服の間に詰め込んだモノとは一体何だったんだろうか。


一瞥いちべつの間にそんな事を考えていた――



「この奥の大広間を抜ければ王宮の裏口ですよ!」

「烏瓜殿は王宮の裏山なのでもうすぐのはずです!」


「……妙だ」


「どうしたのだ?」


「……レヴァナントが少なすぎる」


「そう言えばそうゴザルな」


「鉄剣よ、その答えはすぐ出そうじゃよ」



――かつて天上世界に迷い込んだのかと錯誤した大広間。


そこかしこが煌びやかに彩られ、ただの窓にでさえ、写る己の鮮明さに驚かされたものだ。


それが今。


王国の歴史を描いたであろう精緻せいちな天井画は、蜘蛛の巣を下地にほこりのレースを縫い付けられ、まるで未亡人の面紗ベールのように静かに喪に服している。


豪奢な廻り階段には割れた窓からだろうか。枯れ果てたつたが絡みつき、本来の装飾としてのそれと判別が付かなくなっていた。


クロスやタペストリーは千々に乱れ見る影もないが、唯一シャンデリアだけは煌々と灯りが灯されその責を果たしていた――


「お早いお戻りで」

「ご用件は、……伺うまでもなさそうですね」


「出たでゴザル!」


「これがレヴァナントであるか」

「出来る、の」



「主はこの先の烏瓜殿にてお客様方をお待ちです」

「お通ししたいのは山々ですが……」

「招待状のご芳名承りたく存じます」



「……グダグダ抜かすなよ」



「……押し通れって事だろう?」




「如何様にも」


――この大広間の何処にいたのだろう。


三十を超える屍人が襲い来る――


「外道め! 二刀の不動を以て引導渡して進ぜ候!」


「友よ! 鉄斧よ! 力を貸してくれぃ!」


「我が鉄血は不倒にして不屈! 祖父よ! 父よ! 我が剣に御力を!」


「平原の誇り高き白鳳よ! 三つのまなこでとくとご覧ぜよ!」



「けっ! みんな格好つけやがって! ぶっ刺してやるから掛かってこいや!」



次回  『サーカスナイト』

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