第21話 廃墟のシャンデリア

「偵察部隊なんて言うけど要は捨て駒さ」


大公領に置かれた暫定本部の廊下で誰かが言った。


「四年前から俺達が何もしてないとでも思ってるのかよ」


「何度も偵察部隊を出したさ」


「でも誰も戻ってきやしなかった」




「王都は死で満ちてやがる」



――――――――――――――――――――――――――――


「ひょー! ロベルト殿! 凄いでゴザル!」

那古野なごやにも清洲にも、安土にもあれほどの城壁は無かったでゴザル!」


「おい! ゴザル! うるせぇぞ!」

「偵察任務だって事忘れるなよ!」


「お二人とも五月蝿うるさいですよ。蛙鳴蝉噪あめいせんそうというでしょう?」


「……おかしいな」


「どうされました?」


「……報告では城門は常に閉ざされているはずだ」


「本当だ…アタイ嫌な予感がするよ…」


「誘って…おるでゴザルな…」


「どうしますロベルトさん」



「……行くしかないだろう」



『死のメガロポリス』

かつて大陸一の都と称えられた王都。第四の城壁の門を潜ると王宮へ続くメインストリート。凱旋門を抜けた辺りから商店の質も上がり、第一の城門を抜けると、大聖堂や議会が会する大広場。そこには初代の建国王を称える華美な噴水があった。


王宮周辺には貴族の館が連なり、その槍衾の様な尖塔が噴水池に映し出される様を二人で眺めていたのを思い出す。


王宮の奥。小高い山の中腹に『アイツ』はいる。



「……今回の任務は城壁内の把握及び生存者の確認だ」


「生存者…ですか…」


「……あれから四年」

「……恐らくいないだろうな」


「じ、城壁から覗かれてる気がするよ……」

「い、今からでも引き返そうぜ……」



「……弩弓でもあればとうに射程圏だ」

「……覚悟を決めろ。何しろこの四年間、内部を覗いた者すらいない」

「……危険を感じたらすぐに撤退だ」


「もうすぐ城門でゴザルな」



――目を疑った。



何一つ変わらないかつての王都がそこにあった。


街を行き交う人々。道端の露店には活気に満ち、商人が声を張り上げている。メインストリートを覗くバルコニーでは貴婦人達が噂話に花を咲かせ、料理屋のテラスではボードゲームに興じる好々爺こうこうや達が昼から酒を酌み交わしていた――


「何…だ…よコレ…」


「何…が…」


「……撤退だ!」

「急げ!!!」





「おやおや? もうお帰りですか?」


「!」


「折角ご用意したのに…」

「主が悲しみます」


「くそ!」

「お前ら逃げろ!!」


「仕方ないですね」



――その男が指をパチンと鳴らした。



全てが溶けた。


行き交う人々。貴婦人や好々爺達。遊んでいた子供達や寛ぐ猫や鳩までも。


ドロリとした汚泥の奥には怨嗟の金切り声を上げるアンデッド。


それまで栄華一色に染まった王都は瞬く間に鈍色に褪色し、崩れ落ちた伽藍堂がらんどうに変じた――


「隠し立てはお好みでないようなので、本来の姿にてお迎えさせて頂きます」

「ご用件を伺いましょうか?」


仕立てのよい執事姿はそのままに髑髏しゃれこうべに成り果てたその男はそう続けた。


「殿は俺が持つ! 急げ!!!」


「ご用件を伺います」

「そう申し上げただけですのに」

「お客様がお帰りですよ」


地獄の軍靴はその歩みを停め、さながら儀仗兵の如く童と覚しき髑髏を天高く放り投げる。

凱旋門をただ遁走するのみの後ろ姿に放り投げられた童はケタケタと嗤った。



「…ハァハァ…ッ!」


「あれはなんですか!」

「いつぞやの不死人の迷宮とは桁が違い過ぎます!」


「見せつけられたのでゴザルな……」



「……兎に角任務はここまでだ」




――騎士団に二つの衝撃が走った。


一つは初めての生還者。


もう一つは初めて齎された『死のメガロポリス』の内幕。


通常、如何なる大都市でも常駐する騎士団は人口の数百分の一である。戦時において冒険者、あるいは義勇兵を徴用したとてせいぜいその数倍程度。

だが『死のメガロポリス』は、かつての国民全てが兵糧要らずの二十万の死兵と成り果てていた。


対する聖金獅子騎士団は数年に及ぶ二正面作戦で疲弊し、徴用した冒険者等を掻き集めても十万がやっとであった。


鉄壁の城壁や炎竜有する不死の軍勢二十万と痩身の騎士団十万。


戦力の彼我は比べるまでもなく、意気消沈の風は枯れすすきの荒野をわびしく吹き抜けていった――



次回  『不死人のtopology』

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