第14話 Ça ne veut plus rien dire du tout

――持て余していた。


鉄血などと言われて舞い上がっていた。

自分には歴史書の一頁ページに名を残す『武』があるのだと。


数十年の後も王都の広場で遊ぶ子供達が自分の名を取り合いぼろ布をマントに棒きれを振るうものだと。


全てを失って分かった。思い知らされた。理解した。



利用されたのだと。


王弟子と言えど、王宮から易々と出る事など出来ない。ましてやこの十年目立った戦も無かった。

今上王もすこぶる健康で代替わりも望めない。


ならばどうする。


戦をおこせばよい。


小競り合いの続く我が辺境は良い的だった。

炎竜も大方呼び寄せられたものだろう。


戦乱は多くの『画材』を得るに恰好の機会だ。


その後執政官として辺境に潜り込み、着々と『画材』を『絵画』に仕立て上げ、王宮にとびきりの『画材』が献上されるのを待っていたんだ。



傍らで鉄血を振るいながら気付けなかった。妹を嫁がせても良いと思った。親友だと思っていた。家族になりたかった。



問いただしてみたかった。


何故、何故なんだと――



眼前にある『はこ


中身は先祖伝来の鎧。腰には鉄剣。


そして我が身に流れるは不倒不屈の鉄血。



元々持っていた物は全て帰ってきた。


もういいじゃないか。



そう思っていた。


だから王国を避けて南の獣人の国へ入った。


誰も知らない土地で静かに生きていこう。



「ふぁっ? ロベルトはんやないかい!」



――教会の厳かなローブに目深に身を包んだ一団とすれ違った時だった。


「いやぁ久しぶりやね!」

「なんや! ワイの事忘れてもーたんか? ワイやワイ! クレメンスや!」


そうだった。いつも面倒事は突然やってくるんだった。


「ちょい待ってな」

「皆、悪いけど先の街まで行っててや!この御仁と話あんねん」


「司祭様をお一人には出来ません」


「けったいな事言わんと、な?お願いや」


目深に被ったローブ越しにも不承不承ふしょうぶしょうといった具合が見て取れた。


「では先に行って宿の手配をしておきます……」



街道の先に消えたのを確認して『司祭』は口を開いた。と言っても口のように見えるだけなのだが。


「心配してたんやでホンマ」


「……そうですか」


「なんやなんや、暫く見ない間に無口になってもーたな」

「ま、話は聞いとるで。えらい難儀な目にあったなぁ」


「……えぇ」


「で? 単刀直入に言うけどどないするつもりなんや?」


「……分かりません」


「分からないってなんやねん」


「……もうどこかの国で静かに死んでしまいたい」

「…そう…思います」


「はえ~人間言うのはコロコロ変わりよんのぉ」

「ワイがこないだ見たロベルトはんは熱意ある若者やったのに」


「……もう沢山なんです」

「……もう」


「そうか。それやったらお節介は言わんわ」

「ほなワイはこれで」

「獣人はんと話もついて、諸公連合とも話せなアカンし忙しい身やからね」


「……はい」



――どこかホッとしている自分がいた。


数年前に一月ほど滞在した『樹人』とはどういう訳かウマが合った。

教会の人間と聞いて最初は身構えたものだったが、夜には酒をみ交わしていた。


彼曰く自分は『樹人』の中でも特別だと言っていたが。


彼とも今日限り。もう会う事もないだろう。

腐れ果てた蜜壷の蓋を開けようとする矢継ぎ早に現れた古い知人たち。


甘美な思い出の残り香は、これからの静かな人生を日陰で歩むには十分な余韻を持っていた。

日の当たらぬすさんだ路地裏でこの蜜壷を抱えて誰にも気付かれずにこの世から消えてしまおう。


そう決心を固め、たもとを分かち背を向けた時だった――



凄まじい殺気から数瞬。放たれた『それ』は振り返った俺の鼻先を乾いた破裂音を引き連れて掠めていった。



「何をするんだ!」



「剣……下げてや」



喉元と覚しきそこに向けた剣。無自覚な反撃に自分自身も驚いて素早く剣を収めた。


「近々、諸公連合や獣人達と王都奪還作戦を決行するつもりや」

「そん時までにその剣、研いどいてや」


「なーに。ワイらの神さんが全部背負ってくれる」

「神さんの中には悪いもんぜーんぶ引き受けてくれるんもおるんや」

「アラ・イーが悪いんやアラ・イーが」

「そう思ったら少しは楽になるで」


「マグレーディの近くの街に冒険者ギルドがある」

「戦時条項ゆーて冒険者は戦争になったら強制的に徴兵されんねん」

「騎士団やのーても作戦に参加出来るんや」

「おあつらえ向きにマグレーディには不死人の下っ端もおるっちゅー話や。リハビリがてら探してみーや」


「ほな今度こそお別れや。気張りぃやとは言わんけど、男の子やったら頑と張らなアカン時もあるんやで」


「……ありがとうございます」


「ええんやで」




次回  『A Nine Days' Wonder』

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