第15話 A Nine Days' Wonder

 巨鯨をほふる船の竜骨の様なたくましさと、夜明けの遠雷の様なはかなさ。

これを併せ持っていないと『世界樹の守人』は務まらない。


何せ剪定を行う『世界樹』は自らの親や兄弟。あるいは自分自身なのだから。



――『魔素』と『世界樹』

西方のエルフに言わせると『魔素』とは世界中の物質の最小構成要素の一つなのだそうだが、我々は確かめる術すら持たない。

魔族、竜等は直接的に。そうでないものはあらゆる手段を行使して『彼ら』に語りかけるのだ。

『世界よ、かくあれかし』と。

ある時は心寄り添う暖かな炎を。ある時は心身までみ入る拒絶の氷壁を。

顕現させる事象の多寡たかに応じて指数関数的に増大する『彼ら』に語りかける言葉の長さに、戦場では火薬に取って代わられようとしているものの、未だにその影響力は隆盛を誇っている。


大陸に点在する『世界樹』は遙か西方の大陸にあるとされる『神代の世界樹』から分けられた苗床である。

各地の世界樹は母なる根源と地中深くで繋がっていて取り込んだ魔素を運んでいるとされるが、これもまた確かめる術を持たない。


これらの伝承が迷信流言めいしんるげんの類いと一笑いっしょうされぬ裏付けこそ『世界樹教会』である。


何故なら剪定せんていされた世界樹の枝は膨大な魔素を含み、王侯貴族に下賜され強力な魔素の媒体として用いられたり、樹皮を溶かし魔道書の材料とされる。

この剪定を一手に担い、各国の軍事力均衡すらはかり得る圧倒的な権力を有するが故である。


その影響力は絶大であり、例え戦時に於いても『巡礼』の僧列は双方剣を納めねばならぬ程である――




「じゃあその何とかってオッサン? に会いに行けばいいのか?」


「ちょっとエイダさん『守人様』をオッサン呼ばわりしてるのなんて大陸でもエイダさんだけですよ!」


「だってよぉ! 会ったこともねぇ庭師にお行儀良くなんて出来ねぇよー」


「全く……」


「して、ロベルト殿」

「その『守人殿』は今どちらに居られるのでゴザルか?」


「……分からん」


「!?」


「……公爵領を目指せばいずれ会えるはずだ」


「ロベルト殿らしいでゴザル……」


「よぉクソ猫! こっから公爵領って遠いのか?」


「……そうですねぇ。まぁ散華の月までには余裕を持って着けると思いますよ」


「そっか。それじゃ各自準備して出発だな!」


「エイダ殿の準備とはアレでゴザろう?」


「な、なんだよ」


「ズバリ! 例の牡丹肉ぼたんにくの煮込みの食べ納めにゴザろう!」


「ち、ち、違…わなく…ない…」


「正直で結構でゴザル! いや、実は拙者も最近慣れてきたというか、美味と感じるのでゴザルよ」


「お、話が分かるじゃねぇか!」

「おっしゃ! 今晩は壮行会と洒落込むか!」


「ゴザルゴザル!」


「はぁ。路銀も掛かるというのに…」

「ロベルトさんからも何か言ってやって下さいよ」


「……悪くない」


「四面ならぬ三面楚歌ですねこれは……」


「おーし! しばらく食えなくなるから今日はトコトン食ってやるぜ!!」



次回  『悲しみを燃やして』

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