第9話 moonlight dancehall

此度こたびも大義であったなフランツ・フォン・フロス=ロートリンゲン執政官、並びにロベルト・ハイセスアイゼン伯爵」

「この後執務室に参れ。たまにはゆるりと話を聞かせてもらおう」


「はっ! 国王陛下!」



――――――――――――――――――――――――――――


「入れ」


「失礼致します国王陛下」


「堅苦しい話は抜きだ」

「ここには内務卿とちんしかおらぬ」


「国王陛下もかように仰せです」

「そちらへお掛けください」


「光栄にございます、ピエリス内務卿閣下」


「お久しゅうございますなフランツ殿下、ハイセスアイゼン卿」


「はい。お陰で息災におります」


「して、復興の進捗は如何であるか」


「はい。割譲かつじょう頂きました騎士団の功もあり日々順調に御座います」

「間もなく彼の地にも聖堂を再開する予定でおります」


「左様か。臣民の悠久の平穏こそが国の大願である」

「今暫くの難儀であるがしかと勤めよ」


「勿体ないお言葉です陛下」


「よいよい。朕と其方は従兄弟同士。その様な堅苦しい喋り方などやめて昔の様に話そうぞ」


「では私めはハイセスアイゼン卿と別室にてお相手致します故」


「気を遣わせて済まぬな内務卿」

「一時程したら遣いを出そう」


「仰せつかりました陛下」




――――――――――――――――――――――――――――


「してハイセスアイゼン卿、ここには誰もおらぬ」

「ロベルト、と呼んでも構わぬか?」


「も、勿論に御座います閣下」

如何様いかようにも呼び捨て下さい」


「ぬ、ぬっはっは! 昔とは印象が違うのぉ!」

「貴卿の叔父上のガルバドス子爵に連れられ王宮参った時はハナタレ坊主じゃったというに!」


「叔父上をご存知なのですか?」


「ぬ?小さくて覚えておらぬか」

「彼奴とは騎士見習いのライバルよ!」


「そうでしたか」


「鉄斧などと二つ名で呼ばれておるが儂とはいつも五分でのぉ! ぬっはっは!」

「互いに競い合ったもんじゃ!」

彼奴きゃつは故郷に帰り鉄血騎士団の副団長、儂は王宮に残り内務卿兼、聖金獅子騎士団副団長」

「数奇なものでどちらも副団長止まりじゃ! ぬっはっはっは!」

「ほんに惜しい傑物けつぶつじゃったよ」


勿体もったいないお言葉ありがとうございます閣下」


「なぁに国の為、臣民の為の騎士である!」

「貴卿の中にあの鉄血が受け継がれておればそれで充分である!」

「それより呼び立てたのは別件での」

「今宵の陛下主催の舞踏会にはお主も来るのであろう?」


「は、はい。ですがどうにもあの様な場は苦手でして……」

「自領ではあの様な華やかな場はありませんでしたから」


「ぬっはっはっは! 叔父御によく似て居る!」

「まぁ良い! 必ず参加するのじゃぞ!」


「……畏まりました」





――――――――――――――――――――――――――――


『王宮』

今の地に据えられて既に10人以上の王を迎えたがその佇まいは尚燦然さんぜんと大陸の覇者としての威厳をたたえている。

周囲に聳える尖塔は遷宮の折より年々数を増し、フランツの言う通り双月や星々の煌めきから王宮を覆い尽くすばかりに犇めいていた。



「こうも違うものか」


『大鬼』どもの槍衾やりぶすまの様な尖塔をくぐり抜け、降り立った王宮はまるで別世界であった。


亡き曾祖父や祖父の心境を鑑みると胸の紋章の辺りに仄暗ほのぐらいものが過る。


思えば訓練の日々であった。

打ち据えられた我が身には太刀筋の数だけ鋼鉄が染み入っている。

『鉄血』とは正しく我が身に流れる奔流ほんりゅうそのものである。



「フランツ・フォン・フロス=ロートリンゲン王弟子殿下! 並びにロベルト・ハイセスアイゼン炎竜討伐伯爵! おなーーーりーーー!!」



刹那の静寂と歓声に我に返る。

この嬌声きょうせいがどちらに向けられたものかを理解する間もなく俺達は取り囲まれた。


我らが鉄血騎士団の包囲陣系よりも強固な鉄壁である。

抜け出し方を知らない俺は、まるで弱ったトサカイノシシみたいに為す術を失い、柄にもなくこれまで味わった事のない種類の緊張と対峙するハメになった。



「失礼。私めと先約が御座いますの」


雲間から暖かい陽光を浴びた気がした。

明るい栗色の滑らかな髪。陶器を思わせる乳白色の肌。そして浅葱色あさぎいろの瞳。


救いの御手は俺を囲む鉄壁の包囲陣系を一騎駆けしていとも容易く打ち破り、怯えるトサカイノシシを戦場の騒乱から静寂のバルコニーへと導いてくれた。


「お初にお目に掛かりますロベルト・ハイセスアイゼン卿」


「あ、あぁ助かりました」

「こういう場は初めてなもので」

「えっと」


「あら、改めましてリリー・フォン・ピエリスと申します」


「ピエリス?」

「!」

「ピエリス大公内務卿閣下の御息女でしたか!」

「これはご無礼を!」


「ふふふ。私めが連れ出したのです平伏など結構ですわ」

「先程は父が無理を申し上げて失礼致しました」


「いえいえ! 辺境育ちなものでご尊顔も存ぜずとんだ無礼を致しました!」


「いいのですよ。私は王都出立の際にお見掛けしていてお顔を知っていただけのこと」


あの豪放磊落ごうほうらいらくな父親が繊細な内務卿を務めている事だけでも驚きだというのに、余りに似ていない。いや、なんだろう。言葉に出来ない驚きが思わず口を衝きそうになって必死に堪えた。


「とあるお方が貴方様の事を話されていて興味を持ちまして」

「父上に手を回すようお願いしてしまいました」

「お邪魔でしたか?」


「め、滅双も御座いません」


「今日は沢山お話聞かせて下さいませね」



あの狸親父め。叔父上とライバルとうのも頷ける。


しかし、然程負の感情が湧かないのはひとえに目の前の公爵令嬢のおかげだろう。

女性が聞いても面白い話とは言えない『大鬼』との戦物語や『顎豹』『泥鎌』なんかの魔獣の話、叔父上の鉄斧や俺の剣の話、『炎竜』との死闘。

時には真剣に、時には涙まで見せて街のチビスケ共の様に聞き入ってくれた。


公爵令嬢とは思えぬ様な屈託のない笑い声は詩。一拍遅れて揺れる栗色の髪の毛は心を落ち着かせる拍子。

尖塔の隙間から覗く双月や星々を楽団にして束の間の舞踏会は予期せぬ出会いと高揚を伴ってたおやかに更けていった。



次回 『empty chair その一』

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