第3話 五月雨は蒼天の彼方に深く坐す

「『炎竜討伐伯』よ!貴卿を本日付けで王家直属騎士団『聖爪鉄血騎士団初代団長』に任ずる!」


ご大層な名前だ。


祖父が拝した時はしがない辺境伯であった。元は宮中伯だった祖父は政争に敗れ辺境の地に飛ばされた。そう、父より寝物語に教わった。


子々孫々に語り継ぐとはそれだけ中央には恨みが深いのだろう。


『強欲の月の屈辱』


我が家ではそう呼ばれ、毎年その月の間は連なる家や使用人まで先達に思いを馳せ粗食に努める程の念の入れようだ。


幼少時代を王都で過ごした祖父からすれば青天の霹靂へきれきであっただろう。

華やかな王都から一転、草木もまともに育たぬ辺境の地へ飛ばされたのだから。




――『大鬼』


動物から草木まで喰らい尽くす巨大な敵性種族。彼らとの凄絶な領土争いは、残された祖父や父の鎧に残る傷跡が物語っている――



――『我が鉄血は不倒にして不屈』


我が家の標語にして当主を勤める騎士団の標語でもある。政争に敗れ、『大鬼』との領土争いに身を投じて尚、決して諦めずに領土を発展させた先祖の精神をあらわすという――



――後継者指名前夜。叔父である騎士団副団長ガルバドスにも言われたものだ。


「がっはっは! ロベルトよ。大きくなったものだな!!」

「この『鉄斧のガルバドス』よもや甥っ子に遅れを喫するとは思わなんだ! がっはっは!」


「勘弁してくれよ叔父御!」

「受け止めるので精一杯だよ!」


「がっはっは! 何を言う! 我が鉄斧を受け止める者など領内はおろか憎き『大鬼』どもにもおらぬぞ!」

「これで兄上も我が鉄血騎士団も安泰だ! がっはっは!」


「俺なんてまだまださ」

「いずれは祖父さんを越えてみせる」


「頼もしいのぉ! がっはっは!」

「山脈の向こうに押し戻し、すっかりなりを潜めたとはいえ『大鬼』どもめ。いつ何時再び力を蓄えやってくるやも知れぬ。」

「励めよ!! 我が身、そして我が甥に流れる鉄血よ! その鉄血は不倒にして不屈!! 何者にも負けず!沈まず!倒れず!! がっはっは!!!」




今にして思えばあれが叔父と平時に交わした最後の会話だった――



後継者指名の儀式。

それから程なくして突如現れた『厄災』


禍々しい嵐と炎を伴って現れたソレは瞬く間に宿敵『大鬼』の集落を壊滅させると、翼を我が領土にひるがえした。



次代の当主の誕生に沸き立つ我が領土は、その歓びを噛み締める間もなく新たな脅威への対応に迫られた。


驚天動地きょうてんどうちとは先人は上手く言ったものだ。天を衝く咆哮は、地に伏してガタガタと命を乞いうごめくしかない我々との、明確な捕食者と被捕食者の線引きであった。


「我が鉄血は不倒にして不屈! 始祖よ! 我が鉄斧に御力を与えたまえ!」

「いけ! ロベルト!!!」


騎士団の全てを結集させた総力戦は副団長をはじめ騎士団の九割、領民の三割という甚大な犠牲を伴い幕を閉じた。


その後、疲弊ひへいした我が領土はすぐさま自立困難に陥り、まさかの形で王国直轄地に再編入する事となった。





「我が剣を、我が爪を王国に捧げる」


炎竜討伐の功により新設された聖爪鉄血騎士団。その役割は王国直轄地域となった辺境域の復興と防衛である。本陣こそ辺境のままであるが王都へ直参じきさんする機会も増える事だろう。

新たに派遣されるという執政官を通じて王国の庇護ひごの元に復興に尽力し、そのあかつきには晴れて宮中伯として迎え入れられるとの事だった。


『強欲の月の屈辱』 曾祖父の代からの悲願である中央への凱旋は図らずも半ば叶ったのであった。



――若き日の俺は、戦果に酔いしれ、束の間の栄光を身にまとう鎧に刻まれた標語に、そして先祖に報いた歓びを噛み締めていたんだ。



何故突然炎竜が襲来したのか、この数年後、王国の瓦解がかいによって明らかになる「アイツ」の事。全てが繋がっているなんて知らずに――




「……オッサン?」


「……何だ?」


「良かったぁ酔っ払って寝てんのかと思ったぜ!」

「アンタ無口だからよ目ぇ閉じてると生きてるか分かんねぇんだからよ!」


「エイダさん、ヒューマンのことわざにあるでしょう? 沈黙は金、雄弁は銀ですよ」


「なんだよすぐ金の話しやがって! 三ツ目猫ってのはがめついんだな!」


「そう言う事では無くってですね……」

「ロベルトさんからも何か言ってやって下さいよ!」


「……賑やかだな」


「ったく二人して馬鹿にしやがって! ふん!」


「取り込み中かい? 当店自慢の料理が出来上がったよ!」


「お! 待ってました!」「ひょー美味そう! 頂きまーす!!」


「女心と秋の空、ですね」


「……違いない」



次回  『邂逅かいこうともの浦のむろの木』

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