第2話 福音は東へ、残響は西へ

――えた臭いに目を覚ます。


……気絶していたのか――


 夢を見ていた気もするが、思い出せない。

なぜなら、夢の中でも同じ臭いがしていたからだ。


 あの時、仕えた国。騎士としての誇り。幾多いくたの死線を潜った同胞。戦果を肴に酒を酌み交わしたあの酒場。剣と盾になると誓ったあのお方。


 そして守るべき全て。


 その全てを奪われた。


 ぬばたまの闇から漂う臭いはあの時と同じ。

 違うのは「アイツ」が眼前に居ない事。





 ここマグレーディの迷宮に潜って何日が経っただろう。

日の光など届かぬ常闇とこやみの迷宮。

不死人がいると聞き訪れたが、いるのはアンデッドばかり。

ようやく突き止めた実験室では思わぬ大軍の襲撃を受けた。


 怨嗟えんさ慚愧ざんき渦巻く不死の軍勢。



 手持ちの魔道書も薬草も底を突きた頃、そこに伏すは土塊つちくれと骨と化した静寂に似た何か。

そして、かつてこの実験室の主であったであろうその何かを、魂を囚われ使役されていた骸の果て。



死して尚、怨嗟の声を上げながら、既に事切れた主に気付かず守るその様はかつての自分にどこか似ていた。



そんな事を思いながら腐臭に身を沈めたはずだった。





「……オイ! 聞こえるか!」


「どうやら既に事切れた様ですよ」

「酷い臭いです。さっさとお目当ての物を見つけて街に戻りましょうよ」


「おかしいなぁ、さっき動いたと思ったんだけど」


「……重い」


「!!」

「うわぁあああ!!!!」

「なんだよ! 生きてるなら言えよ!!」


「おやおや、生きてたんですか」

「魔道書も薬草も持ってないけど、装備くらいは剥いで売れるかと思っていたのに」


「それは悪かったな」


「なぁアンタ」

「コレ、全部アンタがやったのかい?」


「……どうやらそうらしい」


「ほっほっほ。素晴らしいですね」

「街の傭兵では何人束になっても敵わないですね」

「しかし酷い傷だ。薬草なら分けて差し上げますよ?」



「……あぁ恩にきる」


「恩などと言わないで下さい。有料ですから」


「かぁ~っがめついな相変わらず!」

「獣が金持ってどうすんだい? アタイなんか常にオケラだってのに」


「何を言いますか。貴方がそうやって散在ばかりするから、私がしっかり管理してるのでしょう? ヒューマンのことわざでは夏歌うものは冬泣くと言いますから」


「けっ! うっせーや!」

「冒険者たるもの宵越しの金なんざ持たねぇのさ!」

「持っていいのは」


「冥界の門番の酒代、でしょう?」


「ぐ……。分かってんじゃねぇか」

「冥界の門番てのはそりゃあおっかなくてよぉ」


「酒を渡してあげなきゃその槍で一突きにされて、番犬の餌にされてしまう。でしょう? ヒューマンの諺では」


「耳にタコが出来るってか!」


「……お取り込み中の所すまないが、薬草があるならさっさと寄越せ。金なら雑嚢の中だ。好きなだけ持っていけ」


「こ、これは失礼。折角の商売の機会を失う所でした」


「わ、悪ぃなオッサン」





「申し遅れました。私の名はジジ。南の平原の誇り高き白鳳ゾゾの息子ジジです」


「アタイはエイダってんだ! 落ちぶれ冒険者で飲んだくれ親父の娘のエイダさ!」


「御尊父の悪口は言うべきではないですよ」


「だってしょうがねぇじゃねぇか、事実なんだからよ」


「……ロベルトだ」


「なんだ? そんだけか?」


「……あぁ」


「しみったれたオッサンだなぁ」


「貴方も冒険者ですかな?」


「アタイ達はこの迷宮の主が持ってるって噂の『裏返りの宝玉』を求めて来たんだ! オッサン何か知らないか?」



「……それならそこの土塊と一緒に叩き割った」


「な、なんだってぇ~!!」


「エ、エイダさん残念ながら本当の様ですよ……」


「何だよ~! ここまで無駄骨かよ~!!」

「オイ! オッサン!! ふざけんなよ!!」


「……俺が見つけ、俺が壊した。文句あるのか?」


「ぐっ……」

「エイダさん、残念ながら正論です……」


「くっそぉ~! やっと銀級になれると思ったのによぉ~!」


「ロベルトさん、貴方の目的はこの宝玉ではなかったのですか?」


「……人探しだ」


「そうですか」


「オイオッサン! 仮にお宝の権利がオッサンにあったとしても、薬草も恵んでやったんだ! アンタの人探しついでにアタイ達のパーティーに加われよ!」


「ちょ、ちょっとエイダさん…」


「……金を寄越せと言っていなかったか?」


「う、うっせーうっせー!」

「コイツが居なけりゃお宝はアタイ達のもんだったんだ! それにお宝さえあれば銀級冒険者にもなれたんだ!」


「ま、まぁ暴論ではありますが、我々のパーティーには前衛が足りなくて困っていたんです」

「その人探しとやらも微力ながら協力しますし、お互いに損失はない様ですから、ロベルトさんさえ良ければ考えて下されば幸いではありますね」


「……」


「……目的地は俺が決める」

「……それでもいいのか?」


「お、話が分かるじゃねぇか」


「決まりですね。分け前は等分でお願いしますよ」


「よろしくなオッサン!」


「……ロベルトだ」



「では、動ける様ならさっさとお暇しましょう」

「街に戻ったらひとっ風呂浴びてヤケ酒だな!」


「エイダさんお金あるんですか?」


「ぐっ……」


「まぁ、ロベルトさんの歓迎会という事にしましょう」


「やりぃ!」

「それならオススメの酒場があるんだ! 名物料理はたしか…」


「……トサカイノシシのラグー」


「なんだオッサン!知ってたのか!」


「……ロベルト…だ」





次回  『五月雨さみだれは蒼天の彼方かなたに深くす』

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