第12夜 雨水に濡れる
雨の降りしきる中。
「隊長、」
そう呼びかけられた男は、その声で、やっと振り向いた。
「風邪、ひいちまいますよ」
「いいんだよ」
傘を差し出す部下の手を優しく払いのけて、隊長はまた、目の前のものへと視線を戻す。差し出された傘は宙をさまよい、そうして、部下である方の男は自分も傘を閉じて、「隊長」へと再度、問いかける。
「誰ですか」
「……………」
「それ。俺らの隊のヤツじゃ、ないっすよね」
森に落ちていた枝を組み合わせ、紐で縛っただけの粗末な十字架。その十字架に掛けられていたのは、軍の一員としての識別番号が刻まれたタグだけで、その十字架の前には何一つ供えられてはいなかった。
「誰、ですか」
「誰だって、同じだろ」
「違うっしょ」
投げやりに、諦めたように俯いていた「隊長」は、部下の言葉に初めて顔を上げた。
「同じなわけがない。あんたが、そうやって
なあ、隊長、と再度呼びかけられて、男は観念したように、十字架の下に眠る誰かのことをぽつりぽつりと話し始める。
その「誰か」は、自分の幼なじみであったこと。二人で、何でも競い合いながら成長してきたこと。二人が軍に入ってからも、それは変わらなかったこと。部隊が異なれども、それでも志を同じくして今まで戦ってきたこと。……そんな「誰か」の、最期の言葉を、先日、「誰か」の部下だった男が、ドッグタグと共に届けてくれたこと。
部下の男は、唇を噛みしめてそれを聞いていた。
「なんて、言ったんすか。その、ひとは」
「………死にたくない」
「え」
「死にたくない。そう、言ったんだとよ」
二人はそれぞれの理由で言葉を失った。隊長は、今一度、俯いて、低く言葉を吐き出した。
「馬鹿だよな。そんなこと言い残して死ぬぐれえなら、軍になんか入らなきゃよかったのによ」
それが、罵倒なのか、それとも懺悔なのか、「隊長」の部下である男にはわからない。ただ、もう一度傘を差し出すことしか、できなかった。
「でも、そのひとだって、あんたが下手して風邪引いて、そんで死んだら、『お前、来んの早えんだよ』って怒るっしょ」
「………そうだな」
そう言って寂しげに笑った「隊長」の顔は、雨に濡れていた。
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