第9夜 彼=水槽
彼の頭は水槽になっている。
正確には、彼の頭は大きな硝子球そのものなのだった。身体というか、首から下は普通の人間なのに、普通の人間の首に、金魚鉢のように水の入った硝子球がそのまま接続されているのだ。そして、その硝子球がそのまま、水槽として機能しているのである。
そして、その「水槽」――というか、彼の、「頭」の内部には、大きさの違う二匹の魚が入っている。大きく、鮮やかで赤い魚と、小さく、鮮明に青い魚。水草も岩もなく、ただその二匹の魚だけがその小さな世界には存在していた。
何故その二匹だけなのか、と彼に訊いたことがある。すると、彼はこう答えた。
「水草を入れると魚の美しさが損なわれるし、岩を入れると頭が重くなって、僕の気分まで沈んでしまうんだ。だから僕はこの二匹だけでいいのさ」
岩に関する意見はともかく、水草に関しての意見に異論はなかったので、私は静かにうなずいた。彼には彼の、私には私の美意識がある。それだけの話だ。
彼の頭に入っている魚たちは見ていて飽きない。けれど、不思議なことに、その魚たちは、大きさは違えど仲違いをすることもなく、かといって大きくて赤い方が小さくて青い方を虐げているということもなく、ただ仲むつまじく二匹寄り添うように生活していた。
その疑問を口に出すと、
「それは、君のおかげなんだよ」
と、彼は笑った。笑った、と言っても、雰囲気で察しただけなのだけれど。何しろ、彼には目も口も鼻も耳もないのだから。本人曰く、五感は「人並みにある」そうなのだけど。
しかし、二匹の魚の仲が良いのは、私のおかげとは、いったいどういうことなのだろう?
私は、気になって、彼にその訳を尋ねてみた。
すると、
「君といると、僕はすごく、穏やかな気持ちになるんだ。ああ、この時間がずっと続けばいいのにって。それが、この魚たちにも伝わっているのさ」
という答えが返ってきた。
私は、きょとん、として、それから瞬きを一つした。彼の言ったことの意味が、すぐにはわからなかったのだ。けれど、時間をかけて理解して、そして、また、彼に尋ねる。
「それは、告白、なのかしら?」
彼はまた、笑って――もちろん、私が、雰囲気から察しただけなのだけれど――はっきりと、答える。
「そうとってもらっても、いっこうに、かまわないよ」
――どきり。
彼の答えに、私の心臓は、まるで、小さな赤い魚がびっくりした時みたいに、大きくはねた。
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