第6夜 夢見る水族
――懺悔いたしましょう。
私は臆病者でした。妹のように、陸へと上がることを恐れていました。
私は臆病者でした。妹のように、愛に殉ずるほど、他人を愛してしまうことを恐れていました。
私は臆病者でした。妹のように、この海の全てを捨て去ってしまうことを恐れていました。
―――私は、臆病者だったのです。
誰かを深く愛してしまうことが恐かった。
何かを捨て去ってしまうことが怖かった。
そうして、全てを恐れ、拒んだ私は、自分の世界に引きこもったのです。
ひたすらに、果てのない海の底に沈みました。
ただただ、他愛のない夢幻だけを求め続けました。
――そうして私は夢を見ました。
ただただ幸福な、終わりのない夢を。
ひたすら幸福な、果てのない幻を。
夢の中の私はこの上なく自由でした。どんな姿にも、どんな性格にも、なることができました。どんな願いでも、叶えることができました。
妹と陸の男との恋物語を、幸福な結末へと導くことさえできました。いえ、それどころか、私自身が、陸の男と恋に落ちることさえできたのです。
やがて。――私は、夢見ることから抜け出せなくなりました。
現実では、臆病で惨めなこの私は、何を成すことも出来ません。何かへ挑戦することもできなければ、何かを求めることもできません。けれど、夢の中では、そんな自分を捨て去ることができました。あるいは、こんなにも臆病な自分を、全て肯定し、その身の全てを捨て去ってまでも愛してくれる人が存在しました。夢の中では、私の望む全てが与えられ、私の望まぬ全てが排斥されていたのです。
そう、もう、おわかりでしょう。
私は、溺れてしまったのです。果てのない夢の大海に。
私は、溺れてしまったのです。居心地の良い幻に。
きっと、こうしてあなたに懺悔しているのも、夢幻の中の出来事なのでしょう。私が見ることが出来るのは、今や夢幻だけなのですから。
だからきっと、こうして話を聞いてくれているあなたも、私が作り出した幻なのでしょうね。
たとえ、もし、そうでなかったとしても。
もし、今見ているこの景色が、今会話をしているあなたが、現実のものであったとしても。私にはそれを確かめる術はないのでしょう。
だって。
私は溺れてしまったのですから。
あとはもう、溺れてしまったものの末路をたどるだけ。
そうでしょう?
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