第5夜 水月

 その夜も、僕は浜辺へと出かけた。

 月光に照らされた海面、月の形を映す水面。

 そんな水面から、ふわりと浮き上がるものがある。

 ひとつ、ふたつ。やわらかく宙に浮き上がる、半透明のもの。ゆらゆらと揺れ、ふわふわと漂うもの。

 それは、くらげだった。

 このくらげたちは、かなり変わった存在だった。いや、彼らが存在できる条件を考えると、彼らが本当にくらげであるのかどうかすらも疑問なのだけれど――彼らは、月夜に、海辺でしか姿を見せない。そして、人間に対して、非常に友好的だ。加えて、まるでクリスマスツリーを飾る豆電球が点滅するみたいに、ちかちかと点滅しているのだった。

 僕が彼らについて知っていることはそれだけだった。

 彼らは、ちかちかと光を瞬かせて、僕の方へ、ふわりふわりと近寄ってくる。僕が伸ばした指の先が、ゼリーよりも柔らかく、けれど液体よりも確かな触感のあるものへと触れた。くらげの、からだだ。僕の指先は、くらげたちが発する光に包まれて、指そのものが発光しているかのように見える。

 ちか、ちか、と何かの信号のように、くらげたちは明滅を繰り返す。僕になにか伝えたいことでもあるみたいだ。しかし、それが何を意味するのかはよくはわからない。少なくとも、僕には、まだ。

 けれど、このくらげたちが僕ら人間の言語を理解している事は明白だと言っていい。

 以前、「はいなら一回」「いいえなら連続で二回」というルールを教えて明滅するようにさせてみたら、その通りに光った。その方法を使って、多くの事を質問してみたけれど――けれど、僕はその質問もいつしかやめてしまった。

 言葉が通じないことがなんだろう。

 尋ねたいことがいっぱいあるということがなんだろう。

 相手のことを知らない、それがどうしたっていうんだろう?

 このくらげたちについて知っていることが少なくても、聞いてみたいことがまだまだあるとしても、それでも、このくらげたちが僕と交流を持っていてくれるという事実には変わりないのに。そんなにも簡単なことに気付くまでに、僕はずいぶんと時間をかけてしまった。

 明滅する光。

 点滅する灯。

 ふわふわと、宙を漂い続けるそのくらげたちは、きっとこの海と月との間に生まれた生命なのではないだろうかと僕は考えている。だって、そうだろう。くらげ、を漢字で書いてみれば、それはきっと一目瞭然に明らかな事実だ。

 ふわり、ふわり。

 くらげたちが宙を舞う。

 僕はそれに合わせて、くるくる、と踊るように回る。

 今夜もそうして戯れる僕と彼らを、空に浮かぶ月と、水面に映る月、二つの月が見ていた。


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