友との再会

 『モリス商店』の赤文字がでかでかと印字された幌馬車が、霧の都の市場に停められている。

 市場は人通りも多く活気付いており、彼方此方の店舗からは威勢の良い客引きの声が飛び交っていた。


「黒人参三箱か……」


 ヴィルは、手元の管理簿を確認しながら馬車の荷台を覗き込む。

 一通り馬車の中を確認し、ようやく見つけた目的の『黒人参』の札がついた木箱は、他の積荷の下敷きになってしまっていた。

 これは結構な力仕事になりそうだ、と思いながら、ヴィルはその一番上に乗せられていた皮袋を床に下ろす。

 カルム村から都まで三日間。

 その間は馬車の助手席に座りっぱなしだったため、今はむしろ、こうして身体を動かせるのが有難い。


 結局、あの日悩みに悩んだヴィルはクロエの誘いを断ることにした。

 ……筈だったのだが、彼女の「今回は積荷が多くてね……マンパワーが欲しいんだけど、この村は生憎年寄ばっかりだからサ」という言葉を聞くと、行かないとは言い辛くなってしまったのだ。


 とはいえ、クロエは人の気持ちを良く汲み取る人間である。

 そんな提案をしたくなるほど、悲壮な面持ちのだろうと思うと……ヴィルは自分の事がひどく恥ずかしくなった。


「……あはは、上手いねぇ坊や!そこまで言うなら、荷台で作業している子の手伝いをしとくれよ」

「お任せを、貴女のためならこの都の北へ南へ何のその!」


 そんな声が、馬車の前方から聞こえてくる。

 何やらクロエは楽しそうに笑っていたが……彼女と話すもう一方の声に、ヴィルは心当たりがあった。


「……まさか」


 ヴィルは漸く掘り起こした黒人参の木箱を馬車から下ろし、外に出る。

 そして丁度こちらに回り込んできたらしい男と、ばったりと顔を合わせる形になった。


「やっぱり」

「……あ!?オイオイ、嘘だろ!ヴィルだよなお前!?」


 ヴィルの顔を見て驚いた表情を浮かべる赤毛の青年、彼の名前はサンドリーノ。

 数年前にひょんなことで出会った、ちゃらんぽらんな友人であった。


*****


「へぇー、じゃあ丸一年ぶりの都って訳だ」

「……本当は、来ないつもりだったんだけどな」

「んな寂しいこと言うなよ、少なくともオレは会えて嬉しいぜ?」


 ケラケラと笑うリノ。

 ヴィルは彼の調子に、懐かしいようなげんなりするような、複雑な感情を抱えながら積荷の整理を続ける。


「というか、この馬車のご主人も中々の美人だよなぁ〜!実年齢を聞いて、十は若く見えるって言ったら嬉しそうにしちゃって、可愛いらしいのなんのって!」

「リノ……お前、モリスさんのことも口説いたのか」

「おうよ!寧ろ女性が目の前に居るってのに口説かないのは失礼に値するだろ」


 そんな軽口を叩きながらも、リノは不要になった包装紙をせっせと紐で纏めている。

 ……女性のためなら、とこれだけ手際よく働けるのだから、もう少しまともな私生活を送れば恋人に見捨てられる事も無くなるだろうに、とヴィルはため息をついた。


「そういえば今日の演舞会、ヴィルも見に行くんだよな?」

「いや、僕は……」

「なーんだよ、付き合い悪ィなぁ!」


 ヴィルにの言葉をほとんど遮るようにして、リノはそんな風にぶう垂れた。


「まだ何も言っていないだろう」

「いや、もう流れ的に『行かない』って言う感じだったろ」


 実際その通りなのだから、否定はできない。

 ヴィルは口を黙み、酒瓶の収められた木箱が揺れないようロープで車体に括りつけた。


「折角なんだから見に行けよ。王子様だって、人に見て貰おうとあんなに頑張って練習してるんだし」

「……」

「そんなの、オレよりもお前の方が万倍知ってんだろ?」

「それは……」

「もう主人じゃないかも知れねぇけどさ、だからって赤の他人になった訳じゃない筈さ。応援してやる義理くらいあるだろ」


 ……リノの言う事は、尤もだとヴィルは思った。

 しかし、それでも安易に首を縦に振れない理由が彼にはある。


「今日、姿を見たら……きっと、また会いたくなる」

「はぁ?」

「僕は、本当ならここに居ない人間の筈だから……『また』なんて、あってはならないのに」


 俯いたヴィルは、そう呟いた。

 リノはほとほと呆れたという顔をして、彼の事を見る。


「都に来る理由があれば良いんだな?なら、演舞会の度にオレが適当に呼び出してやる」

「そんな事……」

「用事ならいくらでもあるぞ?出会いバーで女の子が来るまでの飲み相方、こないだ隣人から異臭で怒られたオレの家の掃除係、それから昨日難癖つけられた怖い兄ちゃんからの用心棒、あと……」

「待て、どれもこれも内容が碌でもなさ過ぎないか?」


 リノが並べた、友人を呼び出す名目たち。

 暗い表情をしていたヴィルだが、その内容の酷さに思わずツッコミを入れてしまう。

 リノは、彼のそんな様子にまたケタケタと笑った。


「とにかく、こんなオレに付き合ってくれそうな奴はお前の他にそうそう居ないってこった!」

「正直、遠慮したいところだ……」


 あっけらかんとそう言い放つリノ。

 ヴィルは、それが彼なりの気遣いなのかどうかを計りかねたが……どこか、その途方もない能天気さに救われているのも事実であった。

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