サンドリーノ
鼻歌を歌いながら、赤毛の男性がスキップを交えながら、人の行き交う霧の都を歩いていた。
今日は広場で桜の帝都に伝わる催しが、国家間の文化交流の一端として開かれる日だ。
実は男性は、その中で演舞を披露する人物とは友人関係であり……この催し自体は何度も見に行っているので、彼にとって然程珍しいものではなかった。
何を隠そう、彼の目当てはその会場に集まる女性たちである。
如何にも女性受けしそうな甘いマスクの彼が恋した相手は数知れず、座右の銘は「来る貴女は大歓迎、去る彼女よお幸せに」。
『恋愛マスター』を自称するその男は、百戦練磨……つまりは、100回恋人ができて100回とも振られているという、何とも形容し難い恋愛歴を誇っていた。
ちょうど彼は一昨日に愛しの恋人にビンタと共に別れを告げられたばかりであり、次の『運命の人』を探して邁進中……というところである。
「おっ……?」
ふと男は、少し先を大きな紙袋を持って歩く人物に目を止めた。
肩甲骨まで伸びた美しい金糸のような髪がサラサラと靡き、少し傾きかけた陽を反射して輝いている。
シンプルなシャツと細身のスラックスに身を包んだ後ろ立ち姿は、顔こそ見えないがとても美しい。
「ややっ、彼女こそはきっとオレの
完全にロックオンした彼は、涼しい顔をしながらも競歩でその背後に迫る。
「やぁ、
「は……?」
突然声をかけてきた男の顔を見て、一瞬怪訝そうな顔をしたその『女性』は……彼が付けていた金のネックレスを見ると、途端に愛らしく微笑んだ。
男はその様子を見て、心の中でガッツポーズをする。
このブランド物のネックレスのために店の売上を全て突っ込み、しばらく一日豆のスープ一食の生活を続けて購入した甲斐があった。
「親切にありがとうございます。実は今、買い出しをしていて……よろしければ、うちのお店まで運んで下さる?」
「ええ、勿論。美しいお嬢さんの為なら喜んで!」
受け取った紙袋は、男が予想していたよりもずっしりと重い。
思わずよろけそうになるのを堪えて、チラリと中を覗くと果物や牛乳の瓶が何本も詰まっているようであった。
華奢なお嬢さんがよくここまで運んできたものだ、などと思いながら、紙袋を抱え直す。
「お店と言ってたけれど、レストランか何かを?」
「ええと……」
「いや待って!オレが当ててみせましょう!そうだな……可憐な貴女に似合うのは……そう!色取り取りの
「あら、ご名答ですね」
彼女は、くすくすと口元に手を当てて笑うそぶりを見せた。
男は頭ひとつ分以上は背の低いその人を見ながら、掴みは上々……と満足げに口角を上げる。
「そして、こんな素晴らしい日に出会えたのも清廉なる霧のお導き……私の名前はサンドリーノ。どうぞ、リノとお呼びください、
「ふふ、お上手ですね……私のことは、ハニーと呼んで下さいな?」
「ハニーさん!何と甘美な名前なんだ!」
その後もリノと名乗ったその男は、『ハニー』のその髪の輝きは、まるでその名の通り蜂蜜の如くだとか、顔立ちもすらりとした手指もまるで名匠が手がけた銀細工のような美しさだとか、歯の浮くような台詞をつらつらと並べていく。
立板に水とはまさにこの事。
約二十分間『ハニー』にとっては拷問のような時間が続き、ようやく目的地である『Angelic Dormitory』に辿りついた。
「天使の寮……正に貴女が存在するのに相応しい店名だ……!」
「あ、あはは……ありがとうございます。荷物も、ここまでで大丈夫ですよ」
「はい、重いのでお気をつけて。……うん?少し顔色が悪いようですが、もしやお気分でも」
「いえ、少し疲れただけですので!中に入って休めば大丈夫ですから、お気になさらず!ありがとうございました!」
本当ならば入店してお茶の一杯でも共にしたかったのだが……忙しい身の女性を付け回すのは紳士的ではない。
リノは少し憂いを帯びた表情も何とも魅力的だ、などと考えながら、裏口から店の中へ入っていく『彼女』を見送った。
「ふっ……ハニーさんか。美しい人だったな……近いうちに絶対また会いに来よう」
リノは心のアドレス帳に『Angelic Dormitory』の住所を書き加えながら、次なる『運命の人』を探しに、また大通りへと繰り出すのであった……。
*****
「あ、セト。お帰り〜……って、なんかやつれてない?」
「いや……見栄張りたがりの良い金ヅ……客を見つけたと思ったんだけど、予想以上にアレな奴で……」
「何それ、変なことされて無いでしょうね?」
「大丈夫だよ。薄ら寒い事は死ぬほど言われたけどな……」
「ふぅん、なら良いわ。今日は大規模なイベントがある日なんだから、この後から開催時刻前まで忙しくなるわよ。シャキッとしてよね、『ハニーちゃん』」
「へいへい……」
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