第5話 ケモミミ少女と空の旅

 空港に行くには高速道路に乗る必要があった。 

 高速道路にはたくさんの車が走っておりブランはそれをキラキラとした目で見ていた。

 

 「たくさん走ってるよ。それに結構速いんだね」

 

 ブランは車に夢中で気づいていないがノワールはプルプルと震えていた。

 ノワールはこんなに速く走る車が怖いのだ。

 車よりノワールのほうが速く走れるのだが自身の力で走るのと機械に任せて走るのとでは勝手が違うのだ。

 そんなノワールを見てアルベリックは少しスピードを落とす。

 それに安心してノワールは少しホッとする。

 手から出ていた汗も何とか止まった。


 気分転換にノワールはアルベリックに気になっていたことを話し始めた。

 

 「アルベリックさんはどうして私たちに優しくするのですか?」


 アルベリックはそれまで優しそうな笑みを浮かべていたが少し真面目な顔をして答える。


 「償いですよ」

 「償いとは?」

 「私はかつて吸血鬼を狩るブラッドスレイヤーでした。でも怖くなったのです」

 「怖い?」

 「はい。とある作戦で私は子供の吸血鬼を大勢殺す任務についていました。そこでは銀爵級の言葉をしゃべることのできる吸血鬼がいたのです」


 吸血鬼はほとんどが言葉もしゃべれず知性もない化け物だ。

 しかし一部の知性ある吸血鬼は言葉をしゃべることができる。

 知性ある吸血鬼は感情もあり仲間を思うこともできる。

 そうブランとノワールのように。


 「そこで子供の吸血鬼は言いました。『僕のお母さんを助けてください』とね。敵である私に言ってきたのです。でも私はその子供も母も殺してしまった。幼い子供でしたが私は銀爵級の吸血鬼という概念が頭から離れなかった」

 「そんなことがあったんですね」

 「ええ。罪の意識に苦しみました。だからこれは償い。私は真に平等な善人になろうと決めたのです」


 ノワールは深くうなずいた。

 アルベリックの言うことに感銘を受けたからである。

 

 アルベリックと話をしていると空港が見えてきた。

 ドーム型の白い建物の横に宙に浮く魔導船が何隻も停まっていた。

 魔導船とは魔法の力と科学の力を利用した船のことである。

 魔導船は移動手段として使われることもあれば戦闘用に使われることもある。

 戦闘用ではブラッドスレイヤーを運んだり爆弾を積んでそれを投下したりする。


 「へーあれが魔導船なんだね」

 「はい、そしてあのドーム型の建物にはいろいろなお店があります」

 「魔導船だけじゃないんですね」

 「空港では退屈しないようにいろいろな工夫がされていますからね。でも今日は時間がないのでお昼だけ食べていきましょう」

 「わーい!! お昼ご飯だ」


 ブランはすっかりお昼ご飯のことで頭がいっぱいになった。

 (どんな料理が食べられのかな? 楽しみ!!)

 

 空港に着くと車を地下駐車場に止めた。

 地下駐車場にはたくさんのロボットアームが備え付けられていた。

 床はベルトコンベアーで車を止めるとだんだん前に運ばれていく。

 すると前に止まっていた車がロボットアームにつかまれて収納される。

 収納された場所はまるで本棚のようで車を横向きにして本を棚にしまうかのように収納された。

 そしてブランたちが乗ってきた車もロボットアームにつかまれて横向きにほかの車と一緒に収納される。


 「大きいね。それに機械ってもろいけど便利なんだね」

 

 車を収納するとエスカレーターに乗る。

 ブランは降りていく逆方向のエスカレーターに乗る人々を観察していた。

 (いろんな人が乗っているんだね。私より小さな子供もいるんだ)

 人族の子供にブランは興味があった。

 魔法使いとノワールしかまともな話し相手がいないブランにとって他の人族の子供が恋しかったのだ。

 ブランは早く友達が欲しい、そんな感情がここに来て高まっていった。


 エスカレーターを上ると広いフロアに出た。

 そこにはスーツを着たビジネスマン、ブラッドスレイヤー、学生、子供や大人、そして数こそ少ないが亜人種がいた。


 「では、私は魔導船の出発予定を確認してまいりますのでしばしお待ちを」


 アルベリックは速足で受付に向かっていった。

 受付にはたくさんの人が並んでいてすぐには戻れそうにない。


 ノワールはブランが迷子にならないようにしっかりと手をつなぐ。

 ドームの広さはショッピングモールの倍はあり人の数もけた外れに多い。

 こんなところに来るのはノワールにとっても初めてで不安だった。

 だから少しでも知っている人と近くにいたかったのだ。


 「どけ!! 獣!!」


 近くから暴言が聞こえてきた。

 ブランはすぐに反応して声の主を見つける。

 案内板の近くで獣人と思われる少女がスーツを着た男に怒鳴り散らされていた。

 

 「文字も読めない獣人が地図なんか読むんじゃねぇ」

 「す、すみません。でも、僕地図なら読めるんです」


 男は獣人の少女をかなりさげすんだ目で見ている。

 通りかかる人々は騒ぎを止めることはなく逆にあざ笑うかのように獣人の少女を見つめる。


 「じゃあなにか? 俺が案内板を見ているのを邪魔してまでお前は地図を読んでほかの客の足を止めるのか? のろまで大した学歴もない獣人が人間を困らすな。お前は最後に地図を読めばいいんだよ。そうほかの客がいなくなったらな」

 「ごめんなさい。でも僕急いでて。学校に行かなくちゃいけないんです」

 「ああん? 学校? 獣人ごときが偉そうに、学校なんかに行くんじゃねぇよ」

 「でも、お願いだから通して」


 獣人が地図を見ようと案内板の前に立った瞬間、男は拳を固めて少女の顔面を殴ろうとした。

 ブランは動いた。

 男の拳が少女の顔面を捉える前に間に入って拳を素手で受け止めた。

 男とブランの距離は10メートルほどあったが1秒ほどで男と少女の間に入った。

 この時、ブランは戦技を使っていない。

 自身の力のみで男の攻撃に間に合ったのだ。


 「やめなよ。みっともない」


 男は唖然としている。

 そんな男を無視してブランはきょとんとしている獣人の少女の手を取る。


 「行こう。私が守ってあげるからね」

 「は、はい。助けていただいて感謝します」


 ブランは少女の手を取りノワールのところに戻ろうとする。

 しかし男は自分より歳の若い少女にコケにされて黙ってはいなかった。


 「おいお前。今は俺がその獣人に説教していんだ。俺をコケにするとどうなるか目にもの見せてやる」


 男は全速力で走り助走をつけてブランを殴ろうとする。

 しかし数々の修羅場をくぐってきたブランにとって男の攻撃は赤子のいたずらほどのものでしかなかった。

 ブランは勢いよく足払いをして男を盛大に横転させた。

 男は顔面から床に叩きつけられ鼻血を出していた。


 「くッ。お、お前!!」


 するとそこにアルベリックがノワールに連れられて慌てて戻ってきた。

 それまで男の言動を放置していたほかの客もアルベリックの到着と共に態度が一変する。

 皆慌てて関係ないふりをしてその場を後にした。


 「これはどういうことですかブランさん?」

 「アルベリックさん。妹はこの少女を守ったのです。妹は何も悪くありません」


 するとアルベリックは男のほうを凝視する。

 男はアルベリックの登場とともに顔が青ざめてきている。

 口をぽかんとさせながら後ろに後ずさりする。


 「どういうことですか?」

 「アルベリック・ブラディ……伝説のブラッドスレイヤー……」

 「どういうことですか?」


 アルベリックは第2次吸血鬼掃討作戦で名をはせたブラッドスレイヤーだった。

 彼はその活躍ぶりから鬼神と恐れられているほどだ。


 アルベリックは語気を強めてもう1度男に問う。


 「いや、違うんです。そいつが邪魔だったからつい」

 「この少女はまだ子供。それにこの子も同じ人族ではないですか」

 「いや、その」

 「大人として恥ずかしくないんですか? これではまるであなたが子供だ。受付から若干、声は聞こえていました。あなたがギャアギャアと赤子のようにわめきたてる声がね」


 男はすっかりおとなしくなり床の上で正座をしていた。

 そして深々と頭を下げる。


 「も、申し訳ありませんでした」

 「謝るならこの少女に言ったらどうですか?」


 男は不満そうな顔をしたがアルベリックの顔を見てすぐその態度を改めた。

 そして少女のほうを向き深々と頭を下げた。


 「申し訳ない」


 少女は困惑した表情だったが小さくお辞儀をして男を許した。



 

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