友の章
第4話 初めてのショッピング
14年前、ブラックゾーンで起きた吸血鬼同士の殺し合い、3大侯爵家は50万の吸血鬼を惨殺し血結晶を回収した。
それは吸血鬼の約7割に及ぶ。
そして、その血結晶を源にして起こした魔法がジ・エンド。
3大侯爵家はこの魔法を使い唯一残った人族の生活圏である日本を4つに分裂させた。
日本の主に中部は消失。
そして今や日本は4つの島に分かれてしまった。
東のエストアイランド、西のウェストアイランド、南のシュッドアイランド、北のノールアイランドである。
♰ ♰ ♰ ♰
エストアイランドベール州のブラッドスレイヤー基地にてノワールはヘンダーに頭を下げながら頼み込んでいた。
それは唯一の母の形見である血結晶をどうか奪わないでほしいということだった。
「お願いします。どうかお母さんの形見だけは奪わないでください」
ヘンダーは聞く耳を持たず血結晶を眺めていた。
ヘンダーにとって血結晶は戦利品のようなもの。
コレクションすることでその吸血鬼の苦痛に歪む顔がいつでも思い出せるからである。
「だめだ」
「お願いです!!」
ノワールは初めてヘンダーに意見をした。
推薦状は今も欲しい。
しかし母の形見はノワールにとってそれと同等の価値を持っていた。
「推薦状はどうする? 私は初めに言ったはずだ。交換条件だと。血結晶を集めることはブラッドスレイヤーにとって仕事なのだ。その仕事をしないのは怠惰ってものだろう」
「くッ!」
ノワールに勝ち目はなかった。
人族側にとって血結晶を吸血鬼に渡すということは14年前の破壊魔法を引き起こす要因になるかもしれない。
それが1つであったとしても血結晶を吸血鬼に渡すということはあってはならないのだ。
「私からもお願いします。どうかお姉ちゃんにその血結晶を渡してあげてください」
「ブラン……」
ヘンダーは下卑な笑みを浮かべる。
「なら、推薦状はいいのかな? それで母は報われるのか?」
「そ、それは」
ブランは母のことを知らない。
血結晶が欲しいのはノワールを悲しませないため。
故にブランにとって1番大事なのはノワールであって母ではない。
ノワールは涙を我慢して拳の力を抜く。
「いいわ。諦めます」
「でも、それじゃお姉ちゃんが」
「いいのよ。私たちがいつまでもこんなところで立ち止まっていたらそれこそお母さんが悲しむわ。だからいいの」
ブランたち姉妹にとって3大侯爵家を根絶させることこそが犠牲となったすべての吸血鬼の復讐につながる。
そしてそれは育ててくれた魔法使いに対する恩返しにもなるのだ。
「推薦状だ。これで晴れてお前たちは自由の身、とまではいかないがお前たちは目標に一歩近づけるわけだ」
ヘンダーはブランの足元に推薦状を投げつける。
(これはなんだろう?)
ブランはその推薦状をよく見た。
そこには『人族のブラン、ノワールを国家処刑人育成第1学校への入学を推薦する』と書いてあった。
吸血鬼ではなく人族として推薦されているのだ。
「せめてもの慈悲だ。まあ吸血鬼を学校に行かせるわけにもいかん。さあ準備はすでにできている。早々に立ち去るがいい」
ブランは不可解だった。
今までひどい仕打ちしかしてこなかったヘンダーがこう親切な対応をしてくることに。
(絶対裏に何かあるはず。じゃないと、このいけ好かないヘンダーがこんなことするはずがない)
「ねえ? なんでこんなことするの?」
ヘンダーは渋い顔をして言う。
「嫌な年寄りに言われただけだ」
「何それ?」
「ふん。さあさっさと行くがいい」
すると監視の兵士たちがブランたちの周りを取り囲む。
ブランは訳の分からないまま、とある部屋に連れていかれた。
エレベーターを降りて普段は通らない知らない通路を通る。
それもそのはず、兵士たちが連れて行った先は薄暗い牢屋ではなくきれいな倉庫だった。
倉庫の中には装備品、食料が保管してあった。
「わー、知らない食べ物ばっかりだよお姉ちゃん!!」
「そうね。気味が悪いぐらいだわ。ねえこれ全部くれるの?」
ノワールは兵士に尋ねる。
「必要な分だけ持っていけ」
「わーい!!」
ブランは食料を漁りに行った。
簡易栄養食やおやつ、長く保存することのできる食料だった。
ブランは見慣れない食べ物に興奮していた。
「毒が盛ってあったりしないわよね?」
「毒などない」
毒が盛ってあってもブランたちには効かないが念のためノワールは聞いておく。
ブランは早速お菓子を開けて食べていた。
(うん! しょっぱくておいしい。魔法使い様のところで食べた塩の味がする)
ブランはスナック菓子を気に入ったようだ。
「おい、早くしろ!! 予定はまだあるんだ」
「もう、急かさないでよね」
ブランはフックにかかっていたリュックサックを取るとそこにお菓子を詰め込んだ。
そして収納魔法も使いお菓子を入れていった。
しかし物がひっ迫すると消費するソウルエナジーも大きくなるので多くは入れることができない。
ノワールはライターや携行品をリュックサックに入れていく。
お菓子も少し入れていった。
「来い」
兵士が倉庫の出口で待っていた。
そしていつも通りエレベータを乗り継いで玄関フロアに戻ってきた。
(ここも今日でお別れか。まあすごくいいことなんだけどね)
いつもなら任務以外ではここに来ることはなかった。
しかし今日は違った。
外を見るとまだ朝であったから今日は任務ではないと感じることができた。
兵士たちは出口付近でブランたちの拘束を解く。
そして出口に誘導するとそこには黒塗りの車があった。
それは護送車ではなく普通の車である。
「どういう風の吹き回し?」
ノワールが兵士に尋ねると兵士は言う。
「今から服を買いに行く」
「わーい。服だ!!」
確かに服は買わなければならなかった。
なにせブランたちが着ているのは、ぼろきれのような布一枚であるからだ。
車の運転席には兵士とは違ういで立ちをした老人が乗っていた。
黒のスーツにシルバーの髪を後ろで結んでいる。
一見ただのおじいさんのようにも見える。
しかしブランとノワールがこの老人がただものではないこと悟った。
あふれ出るオーラがヘンダーと似ていたからである。
そう強者のオーラだ。
「さあどうぞお乗りください」
老人は窓を開けてブランたちを手招きする。
(悪い人ではなさそう?)
ブランたちは車に乗り込む。
老人はブランたちのほうを向いて自己紹介を始める。
「私はアルベリック・ブラディ。ヘンダー・ブラディの父親です」
「えー?! ヘンダーのお父さんなの?」
「はい。本日は服を買ったのち空港に連れていくようにヘンダーから言われましたのでね」
ヘンダーに言われたと言っているが実はその逆でアルベリックがヘンダーに命令したのだ。
だがブランたちはそんなことは知らない。
(ヘンダーから言われたんだ。ならアルベリックさんはヘンダーより弱いのかな?)
アルベリックは確かに強いオーラを纏っていた。
しかしその物腰は柔らかでヘンダーとは大違いだった。
「あの、アルベリックさん? ヘンダーはなぜあのような感じなのです? まるでアルベリックさんとは全然違う、むしろ正反対の雰囲気ですが」
ノワールはアルベリックとヘンダーの違いについて聞く。
アルベリックは車を発進させる。
そして少し昔話を始めた。
「ヘンダーは吸血鬼に姉と妹と母を殺されました」
「え?!」
「ヘンダーはそれからは復讐に取り付かれたように人が変わりました。吸血鬼を根絶やしにするとね」
「じゃあそれまでは優しかったの?」
「いえ、気の強い子でした。まあ人並みの優しさは持ち合わせていました。あなた方を雇ったのは吸血鬼に対する復讐に利用できるかと思ったからでしょう」
(まあ、私たちもヘンダーを利用したんだけどね)
車は街を走っていた。
そして街の通りに面した防具屋の前で車は止まる。
(なんだ。昨日の高級そうな服屋じゃないんだね)
「到着しました。お金は払いますので好きなものをお選びください」
「わーい!! あ、でも私服なんて選んだことないや」
「どれでも好きなものを選んでください」
防具屋はこの街で一番高価なものを取り揃えている店だった。
〈クラージュ・ボンヌ・シャンス〉と店の看板に書かれていた。
この店は引退したブラッドスレイヤーが営む店。
早速ブランたちは店に入っていく。
「わー。すごい装備の数だね。それにすごくおしゃれ」
「ほほう。そんなにうちの店を評価してもらえるとは嬉しいね。って嬢ちゃんたち布切れ1枚じゃないか」
「あ、これには深いわけがあるんです」
ノワールは何とかごまかそうとする。
店主は少し疑うような視線を向けるがアルベリックが店に入ってきたことでその表情は一変する。
「これはこれはアルベリックさん」
「どうもこんにちは」
「今日はどうしてこちらに?」
「親戚の娘に防具を買ってやろうと思いましてね」
店主は親戚と言われてブランたちを交互に見る。
若干疑ってはいたがアルベリックが言うなら嘘ではないと感じたのだ。
「そうでしたか。それにしても娘さんたちは美しいですね」
ブランたちは初めて人族に容姿を褒められて少し照れているようだ。
確かにブランたちは美しかった。
透き通る白い肌に整った顔立ち。
つやのある髪の毛は毎日手入れがされているかのように見えた。
「自慢の娘です。親戚ではありますが。まあそんなことより2人とも好きなものを選びなさい」
「はい、ありがたく選ばさせてもらいます」
「早く行こうお姉ちゃん!!」
ブランたちは思い思いに服を見ていた。
服といっても防具だが素材は頑丈で柔軟に動くことができるいいものばかりだ。
(これ可愛いかも)
ブランはミニスカート型の防具が気になっているようだ。
スカートのベルトには小さ目ではあるが装備を入れることができるブラッドスレイヤー用のポケットがついている。
色は白色で髪の毛とピッタリ合っている。
ブランは頷いてその場で布切れを脱ぎ始めた。
「おい、ちょっとお嬢ちゃん?!」
「うん? なに?」
「試着室で着替えて」
店主は目を伏せながら言う。
ブランは意味が分からなかった。
ブランは裸になる恥じらいがなかった。
魔法使いとの生活でも特に服は関係なかった。
一応植物の葉などで隠しはするが魔法使いも同性であったためそういった感情は欠如していたのだ。
ノワールはそれに気づきノワールに布切れをかぶせる。
「わーなになに?」
「試着室はこっちでしょ。すみません店主さん。妹はかなり自由なんです」
「ああ、次から気を付けてくれよ」
ブランはノワールに試着室に連れていかれた。
「もうー何なのお姉ちゃん」
「人族は裸を見られるのが恥ずかしいし見るのも恥ずかしいと思うものなの。だから人前では着替えちゃダメ」
「ふーん。なんだかめんどくさい生き物だね」
ブランは理解をしたようだが恥じらいを覚えるのは時間がかかりそうだ。
ブランは試着室から出る。
上の服装を選んでいなかったのだ。
どれにしようか迷うブラン。
ブランの好みは髪の毛と一緒の白だった。
ノワールに髪の毛の色を褒められて以来髪の毛を自慢に思っていたのだ。
そこでブランは白のジャケットを選んだ。
硬さもある程度あり『火耐性付き』とも書かれていた。
ブランはそれに決めて中には黒いシャツを着ることにした。
試着室に入り中で着替えを始める。
慣れない衣服に手こずりながらなんとか上を着替えることに成功する。
しかしベルトの締め方がいまいちよく分からないようだった。
そこでブランは隣の試着室で着替えているノワールを呼ぶ。
「お姉ちゃん、履くの手伝って」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
するとノワールは着替え終わりブランの着替えの手伝いを始めた。
ノワールは黒のロングコートに白のシャツで下に黒のミニスカートを履いていた。
すべての装備に若干のソウルエナジーを高める効果が付与されていてその他にも様々な能力上昇の効果が付与された。
「わーお姉ちゃん似合ってるね」
「ありがとう。じゃあ締めるわね」
ノワールはブランのベルトをきつくならないように優しく締めた。
ブランたちは着替え終わり試着室から出てきた。
アルベリックは頷き店主にお支払いを頼む。
「よくお似合いですね」
「どうも、それで値段はいくらぐらいですか?」
「全部で70万ゴールドです」
ブランはよく分からなかった。
お金の計算ができないのだ。
「お姉ちゃん70万って高いの?」
「うん。それなりの値段ね」
「へー」
ノワールも実はお金の計算は苦手だった。
魔法使いには戦闘と生きるための知識しか与えられなかったからである。
社会集団で生きていく術はあまり教えられなかったのだ。
「それにしても悪魔に襲われて服を奪われるとは災難だったね」
(うん? 何のことだろう? 私は悪魔に襲われてないんだけど)
「ええ、私がついていて正解でしたよ」
アルベリックは上手く店主をごまかしていた。
店主はそれを信じて姉妹を悪魔に襲われた被害者だと認識したのだ。
アルベリックはカードで支払いを済ませるとブランたちを連れて車に戻っていった。
「アルベリックさんってそれなりにはお金持ちなんだね」
「ブラン、それなりじゃなくて多分、多分だけどかなりお金持ちよ」
「でもお姉ちゃんはそれなりって言ったよ」
ノワールは言い返すのに困った。
強がってそれなりと言ってしまったなんて言えるわけがなかった。
なのでアルベリックはそれをわかったうえで話した。
「そうですよ。私はそれなりにはお金持ちなんです。ですからご心配なく」
アルベリックはノワールにとある資料を渡した。
「見せて見せて」
ブランは資料を覗くが意味は分からなかった。
ブランは文字を読めないのだ。
だから文字の分かるノワールに資料を渡したのだ。
資料には入学に必要な教科書やその他もろもろの道具が書いてあった。
そしてそれにかかる費用も。
「これはどこに行けば買えるのですか?」
ノワールは内心焦っていた。
こんなにお金がかかるとは思わなかったのだ。
「もう買ってありますよ。すでに学校に送ってあります」
ノワールはほっとした。
自分にはこんなお金はないからである。
「では空港に向かいましょう」
「わーい。空港だー」
車はベールの街にある空港へと向かった。
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