第3話 踏み絵

 ブランたちは兵士たちからバケツの水を浴びせられ目を覚ます。

 兵士たちはクロスソードでブランたちの体を突き刺し起き上がるように促す。

 

 「起きろ。お前たちの最後の仕事だ」

 

 兵士はやけに上機嫌だった。

 ブランたちの世話をしなくても今日でよくなったからかもしれないとノワールは感じた。

 ノワールもまた妹とここを出られると少し喜んでいた。

 ブランは剣で刺されたことも気づいていないように眠たそうにあくびをした。


 兵士はブランたちに人族の血の入った皿を出す。

 ブランたちはそれをペロペロと舌を使って飲んでいく。

 ここで使われる血は罪人の血。

 死刑囚や獄中でなくなった人族の血を出していた。

 兵士たちは人族の血を出したくはなかったが吸血鬼の血を使えばブランたちがより強くなってしまう。

 故に嫌でも人族の血を出すしかないのだ。

 

 血を飲み干すとブランたちは牢屋から出される。

 そしてエレベーターで玄関ホールに上がってそこで武器を渡される。

 渡されたのはクロスソードだ。

 本来任務であればブランたちの主兵装が渡されるが今回は副武装であるクロスソードだけだった。

 

 「これだけ?」


 ブランは疑問を口にする。

 最後の一匹と聞いて強敵と相手をするのかと思ったからだ。

 (これは試練? 最後に強敵をクロスソードだけで倒せということ?)

 ノワールは疑問に思った。

 兵士は武器を渡すと拘束を解除した。

 もちろんブランたちが兵士を殺さないように監視は厳戒態勢だ。

 だが数はさほど問題ではない。

 ブランたちにかかれば兵士など一捻ひとひねりだ。

 それよりもブランたちは兵士を殺せない理由がある。

 それは目的のためだ。

 かつて命を救ってくれた魔法使いに恩返しをするため、また自らの復讐のために吸血鬼を根絶やしにするため兵士は殺さない。

 ブランたちは武器を受け取り腰に装備した。

 そして玄関ホールから外に出る。

 すると外は朝だった。

 本来、任務は夜に行うのが普通だった。

 吸血鬼は太陽の光に弱い。

 いくらブランたちが金爵級であっても太陽の光を浴びると急激に弱くなってしまうからだ。

 弱体化は防ぎたい。

 それはヘンダーも一緒だった。

 ヘンダーたちブラッドスレイヤーは吸血鬼を狩るのが仕事だ。

 その仕事をブランたちが肩代わりするのはいいことでもあった。

 その分ヘンダー達の仕事が減るからである。

 なので朝の任務はブランたちにとってかなり意外だった。

 玄関前には車が用意されていた。

 黒塗りの護送車である。

 

 「今回は車で移動だ」

 「へー車に乗せてくれるんだね」


 ブランは無邪気に喜ぶ。

 普段は人族の乗り物には乗れないからである。

 それが護送車であってもブランにとっては嬉しいことだった。

 兵士たちは護送車の後方のドアを開けてブランたちを乗り込ませる。

 護送車には特に何もない。

 運転席との間に硬い鉄格子がはめてあるだけだ。

 ノワールは罠があるのではと疑っていたがそれは杞憂に終わった。

 ブランたちは護送車に乗り込んだ。

 数人の兵士も後方に乗り乗り込み、そしてドアが閉まり護送車はベールの街を走り出した。

 

 護送車から見る景色はブランたちにとって珍しい光景だった。

 普段は遠くから見るしかできなかった普段の人族の営みを間近で見ることができるからである。

 ブランは護送車から見ることのできるブティックや飲食店などに目を輝かせた。

 知識としては知っていてもその光景を実際に見るのとでは大きな差があるからである。

 

 「お姉ちゃん、学校に入ったらこんな店行こうね」

 「うん」


 ノワールは緊張していた。

 まだ何かあるのではと警戒していた。

 

 護送車は高いビルが並び立つ街を抜け高さ30メートルはある街壁を通過して街の外に出た。

 街の外は主に劣等種と言われている日本人たちと亜人種が暮らす。

 街とは打って変わって荒涼たる居住区が広がっていた。

 日本人が着ている服は薄汚れていて暮らしている人々は体がやせている。

 これは日本人が唯一残った生存圏を守ることができなかった代償である。

 日本は各国から流れてきた難民によって国を支配された。

 日本人は吸血鬼に対して臆病な政策ばかり取ってきた。

 その付けが回ったのである。

 さびれた居住区を抜けると森の中に入る。

 うっそうとした森の中は悪魔や凶暴な野生動物の縄張りだ。

 兵士たちも緊張している。

 そして森の中に深く入っていくと高いコンクリートの壁が見えた。

 ブラッドスレイヤーの施設、監獄であった。

 監獄には様々な種類の人族や悪魔が収監されている。

 凶暴で邪悪。

 負のオーラが強く集まっていた。

 護送車は壁の内側に入る。

 内側にはコンクリートの施設があった。

 あれこそがサン大監獄。

 日本国エストアイランド最大の監獄である。


 「血の匂い。殺しの匂いだ」


 ブランも緊張感を高める。

 そして護送車はサン大監獄に入っていった。

 サン大監獄は正方形の建物で灰色で統一されていた。

 窓は一切なく外から干渉されないようにしていた。

 中は静寂に包まれていた。

 不気味なほどに静か。

 そして護送車のドアが開くとそこには軍服を着た大男と複数の兵士が立っていた。

 大男の体は筋骨隆々で一目見て強者と分かる。

 彼こそがサン大監獄監獄長ディートリッヒである。

 ディートリッヒは目を見開いてブランたちを見つめる。

 

 「吸血鬼の香り。ナイススメル!! おまけに強者の香りときた。歓迎しよう吸血鬼姉妹。我が恐怖と絶望が支配するサン大監獄へ!!」


 ディートリッヒは意外にもブランたちをさげすんだ目で見ない。

 彼は力こそこの世の理と考えている。

 弱きものは死に強きは生きる。

 彼は強者には敬意を忘れない。

 

 「さあ、君たちに最大の試練を与える。詳細は知らなくていい。それが試練」

 「それだけ?」

 「そうそれだけ!! 最強の選択肢、殺すか、殺されるか!!」

 「なーんだ。じゃあいつも通り殺すだけだね」


 ディートリッヒは目を充血させながらブランたちを見る。

 そして緊張しているノワールだけにとある報告書を渡す。

 そこにはこれから相手にするとある吸血鬼の名が書かれていた。

 それを読んだノワールは顔を青ざめる。

 (なんで? なんであなたがいるの?)

 そしてディートリッヒは小さな声でノワールだけに聞こえるようにつぶやいた。


 「強者ならば殺せるはずですぞ」


 そしてディートリッヒは兵士を連れてブランたちを案内する。

 監獄の中は殺伐としていた。

 コンクリートの壁には微量ながらソウルエナジーが流れていた。

 コンクリート自体の強度を高める能力と吸血鬼が出られないように結界が張ってある。

 並みの吸血鬼では解除不可能。

 最低でも金爵級でなければ無理なほどだ。

 そして奥に進んでいくとエレベーターがあった。

 エレベーターにもソウルエナジーが通っている。

 さらに下からは強い吸血鬼のオーラが流れてきている。

 ブランは意気揚々と乗り込む。

 ノワールはやはり青ざめていた。

 それに気づいたブランが声をかける。


 「どうしたのお姉ちゃん?」

 「うんうん。なんでも、それより任務に集中して」

 「なんだか冷静じゃない気がするけど?」

 「気のせいよ。まあ、少しドキドキしてるの。ようやくこの生活から出ることができるんだから」

 「うん!! じゃあ早く殺さないとね」


 ノワールの頬を汗が伝う。

 (これは妹のため。そう何も迷うことはない)

 ディートリッヒは充血した目でノワールを見つめる。


 エレベータの扉が閉まる。

 そして下に下がっていく。

 中からは外の様子が分かるようになっていた。

 しかしどこも同じような風景ばかりで直線に道が伸びており中央に看守が見張る部屋があるだけ。

 直線に作られているのは看守が罪人たちを監視しやすくするためである。

 そんなつくりの風景が続いていたが最下層は違った。

 凍てつくような寒さが支配する区画だった。

 通路は寒さから氷が張っている。

 まるで冷蔵庫だとノワールは感じた。

 (吸血鬼のオーラ。それに強い)

 ノワールはすぐにクロスソードを引き抜く。

 どこから襲われてもおかしくない状況。

 しかしディートリッヒとブランは特に変わったことはしない。

 

 「どうしたの? まだ敵は先だよ」

 「そうね」


 ノワールは少し驚いた顔をする。

 ブランは大体の吸血鬼の気配を感じ取るのではなく正確に位置を読み取っているのだ。

 (成長したのね)

 ノワールは感心した。


 凍えるような寒さの通路を進んでいくとそこには実験施設のようなものがあった。

 空間は広く大きな冷凍庫のように中心にいる吸血鬼を冷やしている。

 強化ガラスがはめ込んであり外から中の様子が分かる。

 強力なオーラの正体は中心の吸血鬼からのものであった。

 吸血鬼には胸があり髪が長い。

 どうやら女性の吸血鬼のようだ。

 

 「あれが任務の対象かー。なんだか弱そう」

 「そう!! 弱者は滅びるのみ!! 奴は実験対象だったが衰弱のため廃棄が決まった。そこで君たちに殺してもらおうと思う」

 「なんだ。簡単だね。ね、お姉ちゃん」

 「そ、そうね」


 今までもブランたちは数多の吸血鬼を葬ってきた。

 一切の慈悲もなくただ目的のために任務を遂行する。


 「さあ、入りたまえ」


 ディートリッヒがそう言うと実験室の自動ドアが開く。

 ほかの兵士がボタンでドアを開けたのだ。


 ブランは実験室に入っていく。

 ノワールは少し考え込むようなしぐさを見せてから入っていく。

 

 「うわー寒いね」


 ブランがぶるぶると震える。

 吸血鬼には何本もの管がつながっていた。

 呼吸は小さく今にも絶えそうなほどだ。

 ブランはクロスソードを上段に構える。

 ノワールは吸血鬼から距離を取り動かない。

 

 「じゃあ死んでね」


 ブランは容赦なくクロスソードを振り下ろした。

 すると吸血鬼の目が光る。

 ブランは危機を感じて後ろに退く。

 予感は的中してブランのいたところが大きな爆発に包み込まれる。

 魔法だった。

 中級魔法【エクスプロージョン】。

 爆発系範囲攻撃の火属性魔法だ。

 

 「大丈夫?!」

 

 ノワールは心配そうに駆け寄る。

 

 「うん平気。それにしても死にかけなのにすごいソウルエナジー。虹爵級かな?」

 「2人で行くわよ」


 ノワールは迷いのようなものを振り払う。

 クロスソードを構えて吸血鬼と対峙する。

 ブランは初めから手を抜くつもりはなかった。

 それは昨日のノワールの言葉もあってだ。

 戦いを迅速に終わらせる。

 ブランの右目が光る。

 

 「ほほう、あれは魔眼」


 ディートリッヒが興味深そうにつぶやく。

 魔眼とは、魔法の力が宿った眼球のことで、この世に1つしかない力を内包している。

 ブランの能力は一度見た魔法を複製すること。

 しかしその威力は見たままの威力しか出ないため弱い威力ならそれが再現される。

 ブランは【エクスプロージョン】を複製した。

 先ほどの爆発が吸血鬼を包み込む。


 「アアアアアアアアアアアア!!」


 吸血鬼が叫び声をあげる。

 しかし吸血鬼は連続で魔法を放つ。

 初級魔法【フレアボール】だ。

 だが数が多い。

 ノワールはブランの前に出てすべての火球を剣で薙ぎ払う。

 戦技【マジックブレイク】で魔法の効果を打ち消す。

 (私がやらなくちゃ。妹にはやらせはしない)

 ノワールは火球を打ち消し一気に間合いを詰める。

 その目には涙があった。

 吸血鬼はノワールが迫ってくるのに何もしない。

 一切抵抗はしなかった。

 

 「…………」


 吸血鬼はかすかに言葉を発した。

 消えるような細い声で。

 ノワールは吸血鬼の言葉を聞きながら一気に急所である心臓を貫いた。

 吸血鬼は静かに灰となる。

 そして何本もつながれていた体の管が抜け灰の中から血結晶だけがポトリと落ちた。


 「やるねお姉ちゃん!! これで目的に一歩近づいた」

 「そ、そうだね」


 ノワールは大粒の涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

 ブランは心配そうに駆け寄る。

 今まで見なかったノワールの泣き顔にブランはひどく不安になる。


 「どうしたの? お姉ちゃん?!」

 

 ノワールは涙を流しながら答える。


 「今のは、私たちのお母さんなの。私、お母さんを殺しちゃった」


 ノワールは大声で冷たい床に頭を抱えた。

 ノワールにはまだ母親に育てられたころの記憶が残っていた。

 その母を殺めてしまった。

 ほかの吸血鬼ならどんなにすがるような命乞いを聞いても心が痛まなかったのにこの時だけは違った。

 大切な生みの親を、魔法使いより大切だった命を奪ったのだ。


 「お姉ちゃん……」


 ブランはノワールの初めて見る姿に困惑した。


 「今のがお母さんだったんだね」

 

 するとブランは母の血結晶を握り締める。

 そしてノワールに渡す。


 「きっとお母さんも嬉しかったはずだよ」

 「なんで? きっと恨んでるわよ。そうに違いないわ!!」

 「だって、最後に自分の子供たちに会えたんだからうれしいに決まってるよ!!」


 ブランは必死に言葉を絞り出した。

 ブランには母の記憶がない。

 赤子の時に既にノワールと暮らしていたのだ。

 ノワールは最後にかすむような声でつぶやいた母の言葉を思い出す。


 『ありがとう』。


 母はすでに視力もほとんどないような状態だった。

 しかしノワールが剣を突き刺すその瞬間、『ありがとう』と聞こえた気がしたのだ。

 それは推測に過ぎなかった。

 しかしノワールはそう思いたかった。

 思わないと心が死んでしまうからだ。

 (今は妹とこんな生活から抜け出せることを喜ぼう。お母さんごめんなさい。最後まで私は親不孝な娘だったわ)

 ノワールは母の血結晶を握り締め実験室から出ることにした。

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