第8話 光の中で

 増援としてやってくる騎士たちは、いったいどちらの味方なのか?

 幻に惑わされ、同士討ちをし、あるいは聖女の邪魔となった。


 聖女を守ろうと彼らが動くたび、聖女の動きが阻害されていくのは、見ていてとても面白い。

 未だ力を取り戻せない僕にとって、幻を見せられた騎士たちは、この城の地の利と同じぐらい強力な武器だ。


 騎士がよかれと思って叩き壊したドアの破片が、聖女の頬をかすめて、血を流させる。

 騎士が守ろうとして押し退けた聖女がトラップに押し込まれ、脇腹を貫かれて血を流す。

 味方を敵だと誤認した騎士たちの争いを止めようとした聖女が、騎士たちの剣に腕を斬られて血を流す。


 ……幻を見せるというのは、万能の力ではない。

 認識を少しいじって見えているものを見えなくしたり、感情を少し刺激してほんのわずかに行動を短絡的にしたり、その程度の効果しかない。

 なにより、僕の目を見なければそれで済む。


 だというのに、騎士たちは面白いように引っかかった。


 流れる聖女の血を僕がようやくひと舐めできるころには、すでに五人の騎士たちが罠にかかって醜態をさらしていた。


 ただの一滴の血が僕にもたらした満足感と高揚感は、これまでに一度だって体験したことのないほどのものだ。

 これほど甘く、これほどみずみずしく、これほど芳醇なものがこの地上にあったことに驚き、そんな場合ではないのに、舌に乗せたまま、数度口内で転がしてしまう。

 酩酊感にも似た快感が頭をくらくらさせる一方で、背筋にじわじわと力がみなぎり、指先にまで力が充溢していく感じがあった。


 体の大きさとそれに伴う膂力や速度、コウモリ化、霧化、オオカミ化を取り戻す。

 小人化も失っていない。力が増えた僕は複数のコウモリや小人にわかれて変化することが可能になり、聖女に血を流させるのは簡単になった。


 けれど騎士たちもまったくの無能ではない。


 そうやって追いかけっこをしているうちに僕は上階へ上階へと追い詰められ、ついに城の尖塔にまで追い込まれてしまった。


 どうにも、僕がここからコウモリになって飛び去るという可能性は考えられていないらしい。

 まあ、僕はもう、あの光から逃げないけれど。


 だから、尖塔の上、レンガ敷きの屋根で、聖女と正面から向かい合う。


 屋敷の周囲は篝火を焚いた村人たちに囲まれており、尖塔から屋敷内に戻れそうな場所には、松明を持った騎士たちが配備されていた。


 ここで決着をつけるしかない。

 それはつまり、僕の勝ちということだ。


「仲間にやられて、血まみれになって……とてもおいしそうだよ、聖女」


「吸血鬼ィ……!」


 斬りかかってくる聖女の動きはあまりにも遅かった。

 それは僕の力がほとんど完全に戻りかけていて、逆に、聖女のほうは僕の罠によってやられた傷のせいで動きがにぶっているからだろう。


 この程度の傷を受けただけで、再生もできずに死んでしまう、儚い生き物━━人間。


 この滑稽で哀れな生物を、どうして『下』に見ずにいられようか?

 彼女たちは僕らと同じ姿をしてしまっているし、数が多いから、自分たちを僕と同格だと勘違いしてしまっているだけで、その実、吸血鬼とはなんの共通点もない、獣にしか━━


 ……余裕が、あったから、かもしれない。


 聖女の剣を避けた時に、僕のふところからこぼれ、ひらひら舞うものがあった。

 それは僕の姿が描かれた肖像……母の形見だった。


 僕はそれを拾おうと手を伸ばし……


 背後から、衝撃を受けた。


 視線を下げれば、矢が僕の胸を背中から貫き、やじりを胸から生やしていた。


「侮りましたね、人間を」


 動きが止まった一瞬、聖女の剣が僕の胸を貫く。


「か、は……!?」


「光よ!」


 胸に突き刺さった剣から、銀色の光が流し込まれる。


 その場所から自分の存在が消し飛ばされそうになる恐怖のあまり、僕は聖女を抱きしめ、その血をすする。


 甘やかで芳醇で、頭がしびれる酩酊感があり、この上ない力を与えてくれる血液……


「我が血が尽きても、主の光はお前を焼き続ける!」


 必死に血をすすった。

 彼女が僕の中に流れ込み、僕は彼女と溶け合うような快感を覚える。


 初めて経験する『死』は━━


 甘くて、満たされていて、そして、まばゆいばかりに、輝いていた。

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