第7話 吸血鬼の戦い方

 屋敷はさんざんに壊れ果てているけれど、内部はよく知った自分の家で間違いない。


 だから僕は地の利を活かして潜み、罠を張り、聖女を傷つけ、血を流させる。


 聖女の放つ『銀色の光』はたとえ全快の僕でも脅威だ。触れただけで問答無用で体を削られる。


 けれど、聖女たちの前に身をさらして、罠まで誘導し、傷つけて、血を流させる……銀色の光の脅威にさらされ、命を危険にさらしながら、こうしなければならない。


 ……あるいは、小さい姿のままで城から逃げて、身を潜めて村を襲い、力を取り戻すべきなのかもしれない。


 でも、僕の意地がそれを許さない。


 僕らを蹂躙しすべてを奪ったあの光からこれ以上逃げ続けることなど、僕のプライドが許さないし……


 この極限の空腹を満たすのは、聖女の最高の血だと、決めてしまった。

 僕はもう、光から逃げない。


 …………息をひそめて、瓦礫の隙間で機会を待つ。


「聖女様、あの吸血鬼はすでに城から逃れたのではありませんか!?」


 来た。


「いいえ。吸血鬼は傲慢で、人を見下しており、プライドが高い。ここまで追い詰められて、一矢さえ報いずに逃げるなど、そんな道を選ぶぐらいなら、陽光の下に躍り出て自死するでしょう」


「しかし、やつはただの村人からさえ逃げたという話で……」


「自分がなんなのか、忘れていたんですよ」


 石を投げて注意を引いてやろうと思っていた。


 けれど、我慢ならなかった。……ああ、たしかに吸血鬼の性質は聖女に看破された通りで、僕らは人に馬鹿にされ、見下されることが我慢ならない。

 一矢報いずにはいられない。


 なぜなら、僕らは『上』だから。

『下』の者に勝ち誇られるのは、異様に━━ムカつくんだ。


「けれど、聖女、あなたのお陰で僕は記憶を取り戻しました。……あなたを食べて、堂々と眠ることにします」


「そこですね」


 切っ先が僕のいるあたりに向き、銀色の光が放たれた。


 この光にあたってしまえば、『霧化によるすり抜け』も意味をなさない。……そもそも、この状態では一回たりとも使えないけれど。


 だからみっともなく、跳んで転がって回避する。


 ……屈辱的だ。

 けれど、この屈辱が、聖女の血をより美味なものにするだろう。


「吸血鬼め! ちょこまかと……」


「その小さなナリでなにができる!」


「……あなたたち、戻りなさい!」


「え?」


 遅い。


 不用意に近付いてきた騎士二人は、一瞬停止して聖女を振り返ったあと……

 足もとに空いていた穴に落ちた。


 金属鎧をまとった人間が床に叩きつけられる音と、かすかなうめき声が聞こえてくる。


 その滑稽劇のような様子に、思わず笑いが込み上げた。


「やっぱり、霧化も知らないようだからそうかと思ったけれど……彼らは吸血鬼退治の素人だね。吸血鬼と目を合わせると幻を見せられることも知らないだなんて」


 床に大きく空いていた穴は、彼らの視界ではふさがっていたのだろう。


 あざけるように言ってやれば、聖女が歯を噛み締める音がこちらまで響いた。


「お前たち一家が……! 我が神殿の精鋭たちを皆殺しにしたのだろうが!」


「だとしても目隠しぐらいはしておくべきだったね。……ああ、人間は視界を塞いで行動するには訓練が必要なのか。大変だね、性能が悪くて」


「このっ!」


 再び、聖女の剣の切っ先から銀色の光が放たれた。


 苛立ちまぎれに放たれた光は先ほどまでよりずいぶんわかりやすく、避けるのも難しくなかった。


 そして━━


「なるほど、この間隔か」


 銀色の光は乱発できない。

 もしも連続で放てるなら、騎士たちが間抜けに落ちる前に、ぼんやり突っ立っている僕にあびせかけ続けることができたからだ。


 ……条件は整った。


 僕の城の、四階、廊下。


 ここが、僕の狩場だ。

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