第6話 反撃

 いえがさんざんに壊されていたことが功を奏した。

 皮肉にも、破壊されて飛び散ったままの木端や瓦礫、壁に空いた穴が、小さくなった僕が逃げるために役立ったのだ。


「吸血鬼……」


 僕は、僕のこと以外について、知っている。

 けれど、僕自身のことを覚えていない。


 ……ああ、でも、そうだ。


 僕は━━母の寝室で、打ち壊されたベッドを見た。

 鏡のないドレッサーを見た。


 それこそが、僕が吸血鬼である証拠なのだ。


 だって、僕がベッドと思っていたものは、棺桶だった。

 ビロード張りの羽毛が敷き詰められた、とてもとても寝心地のいい、ベッドだった。


 ドレッサーの鏡は持ち去られたのではなく、最初からなかったのだ。

 だって、僕たちは鏡に映らないから。


「吸血鬼……」


 だんだん、記憶が戻ってくる。


 僕たちは、人に偽装して暮らしていた。

 何代も続く貴族として暮らしていた。


 ところがある日、吸血鬼であることがバレて……

 騎士団に奇襲された。


 父も母も死に、城はめちゃくちゃに壊された。

 僕だけは逃してもらって、それで……


「……ああ━━ははは━━ははは━━はははははは!」


 思い出した。


 とてつもなくお腹が空いていた僕は、我慢しきれずに近くの村に入った。

 ただ食事がしたかっただけなのに。喉が渇いていただけなのに。僕たちの一族はこのあたりをきちんと治めていたはずだ。隣の領よりずっと暮らしやすい土地にしていただろう。


 ただ、僕らの食べ物が、人だったというだけで━━

 なんで、滅ぼされなきゃいけないんだ。


 なんで……

 食事を分けてもらおうとしただけで、領民に農具を持って追い立てられなきゃいけないんだ……!


 たった一人、食べただけだろう!?


「……死んでやるものか」


 小さな体のまま、膝を抱えて爪を噛む。

 体はずいぶん失ってしまった。力もほとんど残っていない。


 食事が、必要だ。


「僕は君たちの天敵かもしれないけれど、君たちに斟酌して大人しく殺されてやる理由はない。……僕は、僕の身を守る。両親を殺して、僕を追い立てた君たちに殺されてなんかやるものか。僕は生き残る。君たちを殺してでも━━生き抜いてみせる」


 そのためには━━


「━━聖女」


 あのかぐわしい香りを思い出すだけで、ヨダレがあふれそうになる。


 あの血をすすれば、僕は失われた力のすべてを取り戻すだろう。

 けれど、そもそも失われた力を取り戻さなければとても勝てない相手の血が必要という話だ。


 ……作戦を立てる必要がある。


「……逃げるのはもう、終わりだ。ここからは……殺し合いだ。生き残りをかけた、殺し合いだ」

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