第5話 聖女

「聖女様、こちらです!」


 肖像画を見つめて固まっているとがしゃがしゃと険しい足音がして、僕のいる部屋はすっかりたくさんの松明に囲まれてしまった。


 まばゆい光がせっかくの夜を無理やりに明るく染め上げていく不快感に眉をひそめながら、腕で目もとを覆う。


 けれど次の瞬間に、僕は目が焼かれそうになるのもかまわず、覆いを外してしまった。


 あまりにも強烈な、甘酸っぱく、芳醇な香りがしたからだ。


 その香りはどんどん僕に近付いている。……飢餓を思い出した体が胃袋を蠕動ぜんどうさせ、美味の予感にヨダレがあふれて口の端からこぼれていった。


 知らずに目を剥くようにして香りのもとを凝視する。


 そこにいたのは銀色の髪をした美しい女性だ。

 両目を布で隠しているというのにその歩みは確かで、ただの布製の神官服をまとっているだけなのに、剣を帯びた姿にはそこらの騎士なんか及びもつかないほどの威圧感があった。


「手間をかけさせてくれましたね、吸血鬼・・・


「……え?」


 たくさんの騎士たちが、兜の下から僕をにらみつけていた。

 目を布で隠した女性が、厳しい雰囲気でそこに立ち、剣を抜き放って僕に突きつけた。


「滅びなさい」


 その言葉とともにとてつもなくイヤな予感がして、僕は反射的に『すり抜け』を行った。


 けれど、無駄だった。


 剣の切っ先から放たれた銀色の光は、メイスさえすり抜けた僕にたしかに命中して、体のほとんどを消し飛ばした。


 慌てて戻った僕は……


「……本当に、生き汚い生物」


 女性の見下すような声を、はるか頭上から聞かされることになる。


 ……僕の体は、もとの十分の一ほどに縮んでいて……

 それでいて、人体として成立していた。


 僕は、人じゃないらしい。


 ようやく、腑に落ちた。

 僕は、吸血鬼だ。

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