第4話 肖像
「……やっぱり、そうだ、僕は、『すり抜け』が、できる……」
別なクローゼットでも同じようにメイスに襲われて、今度もまた生き残った。
とてもお腹が減るし疲れるけれど、僕は本当に追い詰められると、『すり抜け』て命の危機を脱することができるらしかった。
……僕は、なんだ?
僕は自分が追われている理由を知らない。
こんなに大勢に、僕みたいな子供一人が追われるなんて、そんなこと、あるはずがない。
でも、僕は実際にこうして追われている……なにか、勘違いとか、そう思いたいけれど、きっと、彼らが追っているのは僕で間違いないんだろう。
『追う側にはよっぽどの事情があって、僕は悪いやつなのかもしれない』と思わなくもないけれど……
わけもわからず殺されるのは、イヤだ。せめて理由を知りたい。僕はいったい誰で、どんな名前で、どういう理由で追われているのか……
騎士たちの足音と、彼らが持つ松明の明かりを慎重に見聞きして、じゅうぶんに遠ざかったあと、部屋を出る。
城から出ようとしていたはずなのに、騎士たちから逃れ続けているうちに僕は三階にまで到達してしまっていて、どんどん城の入り口から遠ざかっていた。
このあたりは住人の部屋があるようで、下階よりも重厚そうな家具があったり、書斎のような部屋があったりした。
まあ、そのどれもがひどく打ち壊されていて、書類なんかは燃え殻が転がっているだけだったけれど……
この城の人は、いったい、どんなことをしたのだろう?
哀れみがわいた。僕が今こうして理由もわからず武装した集団に追い立てられているからだろう、完膚なきまでに住居を破壊され、書類や肖像画w焼かれたここの住人たちには同情してしまう。
そうやって隠れながら下階に降りるチャンスを狙っているうちに足を踏み入れたのは、女性のものと思しき寝室だった。
そこもやはり破壊され尽くしていて、ベッドから飛び散った羽毛があたりに広がり、寝台そのものも真っ二つに割れている。
ドレッサーも引き出しはすべて開けられ中身が持ち出されていて、当然あるべき鏡も、そこには欠片さえ残っていなかった。
……ただし。
暗闇のせいで見えなかったのか、それとも持ち主がうまく隠しおおせたのか、僕はベッドの残骸に埋もれるように存在する、小さな紙切れを発見した。
なんとなしに拾い上げてながめる。
松明の明かりもはるか遠い暗闇の中で見つけたそれは、小さな小さな、携帯するために描かれたであろう肖像画で……
『愛する我が息子』
……半ばから破けたそれは、『息子』の右側にあるであろう、その息子の名前を、頭文字がわずかにうかがえる程度にしか残していなかったけれど。
目が、離せない。
肖像そのものではなく、その裏に書かれた筆跡。
その女性の文字は……
「あ、ああ、あああああ…………!? あ、か、ああ、あ……」
言葉にならない。
騎士たちが僕を殺そうと徘徊しているのはわかっているのに、声を抑えきれない。
だって、この文字は……
「━━お母様」
……失われた記憶が、頭の中にあふれだしてくる。
これは、僕の母の字で……
この肖像画の中にいる存在こそが、僕で━━
「ここ、は……僕の、家……僕と、家族が住んでいた、城……!」
……壊され尽くして朽ちた古城こそが、僕の生まれ育った生家に、違いないのだった。
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