第3話 奇跡の代償

 騎士たちは城の中を徘徊していて、僕は二階の客間で身をひそめている。

 がちゃがちゃという鎧を着た大人の足音が近場をよぎるたびに、恐怖のあまり声が漏れそうになる……


 どうやって彼らをやりすごして、この包囲を抜ければいいのだろう……


「うぅ…………」


「今なにか、声がしなかったか?」


「!?」


 あまりにも迂闊だった。


 急いで口をおさえたけれどもう遅い。足音ががちゃがちゃと近付いてきて、それは客間の入り口に立って、松明を背負った巨大な影になり僕の真横へと落ちた。


 扉の半分砕けたクローゼットの中で必死に体を折りたたむけれど、いくら『去ってくれ』と願っても、騎士たちは捜索をやめようとしない。


 彼らは執拗で丁寧だった。

 クローゼットの隙間から、松明のまばゆさに目を細めてのぞき見ると、入り口から二人が入って、三人目がこちらに背を向け、外を警戒しているのが見えた。


 入ってきた二人は手にしたメイスで入り口がわから順番に『子供が隠れられそうな場所』を叩き壊しつつ、どんどんこちらに迫ってくる……!


 彼らがクローゼットだけ見逃すとは思えなかったし、彼らのメイスなら、僕がクローゼットから出る前にこちらの頭を叩き潰すだろう。


 ……自分の頭が、あの重そうな金属の塊に叩かれてぐちゃりと弾ける姿を想像してしまう。


 いやだ……いやだ……いやだ……!


 こんな怖い思いをするなら、消えてなくなってしまいたい。

 でも、死にたくはない。生きていたい!


 ……願いはむなしく、クローゼットの扉があっけなく叩き壊されて、メイスは僕の体なんか存在しないかのように通り抜けた。


 足元の板が爆ぜるような勢いで砕けて、木端が飛び散るのを見て……


「いたか?」


「いや。感触はない」


 ……彼らがそう述べて去っていくのを、僕は、両方の目で、しっかりと見ていた。


 ……あの金属のメイスは僕をたしかに叩いたはずだ。

 だというのに、僕は生きている……なぜ?


「…………っ!? ぐ、ぁ、はぁっ……はぁっ……!?」


 安心のせいだけとは思えないほどひどい疲労感が体を襲ったのは、騎士たちの気配がすっかり遠ざかったあとだった。


 砕けたクローゼットの破片に座り込んでいた僕は、強烈な渇きのせいでただ座っていることさえできなくなって、床に手をつく。


 汗さえ流れない。何日も満足に食べていないような空腹感と、指先が冷たくなってしびれるような疲労感だけがあった。


 その異常は、さっきメイスで叩かれたはずなのに無事だったことと無関係とは思えない。


「……なにか、食べ物を……」


 すっかり松明の遠ざかったあたりを見回せば、床に食料が落ちているのを見つけた。

 においからすればそれは、カラカラに乾いた干し肉だ。騎士が落としたのだろうか……


 飢餓感に負けて、拾ってそのまま口に運ぶ。


「ッ、ぐゥ……!?」


 あまりにも、まずい!

 なんてイヤな食感なのだろう! これは……これは、そうだ、残飯だ。腐り果てて、もう食べ物とは呼べなくなって、けれど土に還りきっていない、残飯……


「食べたくない……食べたくないよ……!」


 泣きながら咀嚼して飲み込んだ。

 吐き出しそうになるのをこらえて無理やりお腹に押し込んだ。


 そのかいあって体力は少し回復したような気がする。


 ……でも、ほんの少しだ。空腹感はお腹にまとわりついていて、消えてくれそうもない。


 …………森。

 森でかいだ、甘くて、さわやかなにおい……


 あれはなんだったのだろう。あれを食べたい。僕が食べるべきは、あれなんだ。こんな残飯じゃなくって、香り高くて、みずみずしい……


「……逃げなきゃ」


 ふらつきながら立ち上がる。


 ……おいしいもののことは、いったん忘れよう。

 まずは、この状況から脱出しないと……


 お城から出て……

 ……とにかく、騎士たちから離れないといけない。

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