8 月へ
8 月へ
床に置かれた苺の鉢を、ユキとルルカとスプーンが覗きこんでいる。
「もう大丈夫」ユキが自信をもって言った。
苺は濃い緑の葉を広げ、その下には紅く熟した苺の実がふたつ。艶々とした輝きをはなっている。
「うん」ルルカが微笑む。
「これでほんとにほんとのだいあんしんだな」スプーンが尻尾をふわりと立てる。
今夜は満月、十五夜の月。
二人と一匹は、互いの顔を順繰りに見ていった。どの顔にも、照れたような笑顔が浮かんでいる。
「行っちゃうのね。ルルカ」
「ありがとう、ユキ」
「ありがとう、スプーン」
「ミケロ、きっと助かるわ」
「うん、きっと助かる。この苺には、みんなの心が詰まってるもの」
ルルカがこたえた。
……みちかけのきざはし……。 かすかなささやき。
……中天の満月が月へ運ぶ……。
「いかなきゃ」
ルルカはギュッと唇を噛みしめると苺の鉢を持ってたちあがった。
「気をつけてね」
ユキが苺の鉢を持ったルルカの手をあたたかく包む。
「ありがとう、ルルカ。私、元気になった。なにか、わたしもやれそうな気がする」
「わたしこそ、ありがとう」
「おい、あれはなんだ?」スプーンが庭先を見て、頓狂な声をあげた。
絹のように滑らかな薄い光の帯が、満月から緩やかに流れ落ちている。
「満ち欠けのきざはし」
ルルカは庭へおりた。
ユキとスプーンが後に続く。
「いってらっしゃい」
ユキが最後にルルカを優しく抱きしめる。
「また会おうぜ」スプーンが胸をはった。
ルルカはうなずき、くるりと背を向け満ち欠けのきざはしに一歩足を踏み出した。
「あっ」
ルルカは駆けもどり、ポーチから銀砂河の水の小瓶をとりだし、ユキの手にのせた。
「わたしとユキの思い出のおまもり」
「ありがとう」
それからルルカは、ユキをちょっと離れたところへ引っ張って行って、耳元でなにかささやいた。
ちらっとスプーンを見たユキが、楽しそうにうなずく。
ルルカは満ち欠けのきざはしに飛び乗った。
「ありがとう」
別れを惜しむように、ルルカを乗せた満ち欠けのきざはしは、ゆっくりと月へ戻って行く。
ユキを見詰めるルルカの目にも、手を振り続けるユキの目にも、尻尾をポサポサ振るスプーンの目にも、涙がきらきらひかっている。
やがて、ルルカを乗せたきざはしは、すっと月へと吸いこまれ、ルルカの姿は消えた。
ユキとスプーンは庭の平たい石に腰を降ろし、いつまでも満月を眺めていた。
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