名探偵むらびと1


「雨寺さんの部屋なんだけど、なにか変だと思わなかった?」

 委員長がそう言い出したのは次の放課後。雨寺さんの家にプリントを持って行く途中だった。

「変ってそんなの、何もかも変だったよ」

 ロードバイクとサーフボードを一緒に部屋に置いてる人なんて、湘南に住んでる意識の高い大学生くらいだろう。

「あれはカモフラージュだと思うのよね。あんなに物が溢れてるのに、雨寺さんちには何かが足りなかったような気がするの」

「なにかって?」

「それが分からないから聞いてるんでしょう?」

「うーん、私はなんにも気づかなかったけどなぁ……」

「とにかく、今日はその違和感の元を探すわよ」


 行きがけにそうは言われたものの、やはり雨寺さんの部屋には違和感しかなかった。

「……」

 ハーフパンツにタンクトップ。ランニングでも行くような格好をした雨寺さんは白檀のお香を炊いて、まんじりともせず瞑想している。座禅スタイルを保つのに、そんなに動きやすそうな格好をする必要があるんだろうか。

 委員長はその頬を何度かつついてから、勝手にベッドに寝転がった。そのまま勝手にテレビまでつけて、件のローカル番組を見始めた。

『とにかく、今日はその違和感の元を探すわよ』

 そう言っていた割りにはテレビに夢中な委員長は放っておいて、わたしは部屋の中を眺めた。

 私の部屋の三倍くらいは面積が有りそうな雨寺さんの部屋。その天井には巨大なプロペラ……シーンリング・ファンが備えられている。冷暖房を効きやすくするためなんだろうが、いかにもお金持ちの部屋という感じだ。

 部屋の中はやはり雑多で、ピアノにギターにサックスまで、一人でビッグバンドが出来そう。

 古そうなおもちゃ箱の中には人形が入っているけど、これも中々統一感がない。アメコミっぽいソフビ人形から男の子が好きそうな大怪獣。かと思えば女の子の着せ替え人形や、昔流行ったアニメの美少女フィギュアまで入っている。

 ……そしてこれは一体なんだろう。顔の無い関節可動式の謎の人形。

 毛の生えてない藁人形みたいな不思議な物体を眺めてると、不意にスマホのアラームが鳴った。どうやら雨寺さんの瞑想タイムが終わったらしい。

「……わっ!? 君らいつの間に入ってたの!? っていうかそれ!? 勝手にいじんないでくれる!?」

 耳栓を抜いた雨寺さんが、私の持つ人形を指差した。

「ご、ごめん。家政婦さんに入って良いって言われてノックもしたんだけど……」

 私がおもちゃ箱から取り出した玩具をしまうと、雨寺さんはアンニュイなため息を吐いた。

「別に良いんだけどさ、びっくりしちゃったよ」

「本当に気づかなかったの? すごい集中力だね」

 もしかしたら耳栓にノイズキャンセリング機能でもついてるんだろうか。気になって床に転がる耳栓を摘み良く見てみたが、百円の奴と変わらない。

「きみ、意外と遠慮がないんだね。さっきまで耳に入れてたもの見られるの、ちょっと恥ずかしんだけど」

「あぁごめん。今日は私たち雨寺さんの本当にやりたい事が何か、一緒に考えに来たんだよね。それでこの散らかった部屋に何かヒントがあるんじゃないかと思って」

「それって桜木さんの影響? ……そう言えば、君の名前ってなんだっけ」

 クラスの置物みたいな女を自負しているわたしは、クラスメイトに名前を覚えられていないくらいではへこたれない。だけど当然そんなわたしにだって、ちゃんとした名前くらいあるのだ。

 耳をかっぽじってよく聞いてほしい。そうわたしの名は、

「その子は村人よ、レベルは3」

 ぼけっとテレビを見ていた委員長が、なぜか突然口を挟んだ。本当になんで、今に限って。

「へぇそんな名字が日本にあるんだ。村上・村中・村下・村人……まぁ居るっちゃ居るか」

「なんで上中下の更に下っぽい並びにしちゃったの? ……いい良く聞いてね? わたしの名前は」

「ちょちょちょちょちょ!? ちょっとテレビ見てテレビ!?」

 大事なとこで委員長が大声を上げた。

 指差す大型テレビを見てみると、そこにはやはりローカル番組が映っている。

 なんだ、またどこかに浪川くんが映っているとでも言うのだろうか。そう思いじっと見るが、どこにも妙な勇者は映っていない。昨日と変わらず、北海道展の模様を中継している。

「北海道展が割引セールやってるじゃない!?」

 画面端にちらりと映った巨大な鮭を指さしながら、委員長はベッドから立ち上がった。

「うち7人姉弟なの。あの巨大鮭を持って帰って英雄になるわ」

「えっ、今日はもう帰るの?」

 雨寺さんの件については?

 わたしの名前についての下りは?

「大きな事を為すより先に、まずは今日を生き切ることが大切よね」

 背中に定規でも入ってそうなまっすぐの姿勢で部屋を出た委員長に、雨寺さんが手を振った。

「ばいばい。……それで村人さんはどうするの?」

 ちょっとだけ迷ってから、わたしは雨寺邸を後にすることにした。

 その時にはもう委員長の言っていた『違和感』……この部屋に足りない物に、なんとなく察しがついていたのだ。

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異世界からの転校生 ~レベル99の勇者・浪川二郎を見守るレベル3の村人~ 矢尾かおる @tip-tune-8bit

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