散らかし屋2


 人んちのベッドでごろごろと寝転んだまま、無事にローカル番組の放送終了までを見届けた桜木委員長は、休みの間にたまってたプリントの束を渡し、雨寺さんの御屋敷を出た。

 てっきり魔王討伐パーティー部への強引な勧誘をするのだと思っていた私は拍子抜けの気持ちだった。

「偉大な先人もこう言ってるわ。『自分がなにを為せば良いのか分からなくなった時には、それを知るまで何もしないのが正解だ』ってね」

 ドヤ顔の委員長が最後雨寺さんに垂れたその言葉は、本当に実在する人物のものなんだろうか。今の委員長ならなろう系で読んだそれっぽい台詞をごく普通に引用しそうだから、全く以て油断ならない。

「……」

 かくして私と夕暮れの道を歩く委員長は、珍しく押し黙っている。

 全く以て気まずい気持ちだ。普段はあんなにうるさいくせに、なんで突然スイッチを切ったみたいに静かになるのだろう。

 良くないと分かっているのに、気まずいと私はいつも、つい無用な事ばかり喋ってしまう。

「桜木さん、なんで雨寺さんを同好会に誘わなかったの?」

 桜木委員長にそう聞くと、彼女は少しだけ考えるような素振りを見せた。

「……私はレベル53の聖騎士である前に学級委員長だもの。何がしたいのか良く分かなくなってる雨寺さんに、何をするのかまだ決まっていない同好会への勧誘なんてやらないわ」

「意外と分別あるんだね、桜木さん」

「そう、私はとっても分別があるの。ありすぎて困っているから、最近は分を別けないように必死なのよ」

「分を別けないって何?」

「分別をつけることの逆よ。……私はね村人さん、良い子っていうのは悪いことをしない子の事だと思ってたの」

「ちがうの?」

「悪いことをしないって、そんなのとってもノットバッド、ソーソーで悪くないだけでしょうショウ」

「なんで急にライム刻み始めるの?」

「私はね村人さん。身の回りで起きている良くないと思ったことにはもう全部、自分から首を突っ込んでやるって決めたの」

「……それってもしかして浪川くんのせい?」

「きっかけはそうだけど、最後は自分で決めたことよ。……浪川くんがクラスの女子と喧嘩した時、『先生に言う』なんて言っちゃった後、私なんだか情けなくて」

「別に悪いことじゃないと思うけどな」

「私は委員長でレベル53の聖騎士よ、悪くないじゃダメなのよ。もっともっと良くないと。そう求めてるのはSoSoじゃなくソーグッド。イェー、R.I.P」

 もしかすると隙あらば韻を踏もうとしてるのは『ラッパー=分別がない』という偏見のせいなのだろうか。

 歩きながらアメリカンギャングスタみたいなラップをカマし始めた委員長はしかし不意に自分が日本人の女学生である事を思い出し、立ち止まった。

「だからレベル3の村人さん、貴方も私のクエストについてきなさい。『雨寺静音を学校に復帰させよ』を自分達の力で完遂したら、きっと沢山経験値をもらえるわよ」

「……」

 夕焼けの道を進む委員長が振り返って、眩しい笑顔をこっちに向けた。

 もしかしたら桜木委員長はあの日そう決めたから、二年になってずっと一人で居るわたしに話しかけてくれたんだろうか。

 多分きっとそうなんだろうなと思ったからか、わたしは自分でも知らない間に頷いていた。

「でもさ委員長、具体的にどうするの? 雨寺さんかなり妙なことになってるけど」

「そんなの決まってるでしょう? 彼女が本当にやりたい事を見つけてあげるのよ。そうすりゃあの無軌道な落ち着きの無さも収まるでしょ」

「学校やめて音楽やるとか言い出したらどうするの?」

「それもまた人生ね。彼女なら立派なビブラスラップ演奏家になれると思うし」

 なんだその楽器はと聞くと、スマホでビブラスラップなる良く分からない楽器を見せてくれた。時代劇でよく聞くガギョーーーーンという音の鳴る、木製の打楽器だった。確かに時代劇がある限り、食い扶持には困らないかも知れない。

 真面目なことを言ってたかと思うと急に良く分からないことを言い、必死に分別のない人間になろうとしている委員長とは、バス停でお別れした。勿論、また一緒に雨寺さんちに行く約束をして。


 そうして一人になった帰り道。

 海沿いの道をとぼとぼと歩いていると、どこかから良い匂いがした。気付くと日はすっかり落ちて、夕飯時だった。

 わたしは辺りに薄っすらと立ち込める、魚を焼くようなその香ばしい香りの出処を探ってみた。どこかから湧き出てくる白い煙の発生源は、付近の居酒屋でも民家でもなく、海の傍の公園からだった。

 まさかと思い白煙を上げる焚き火の傍へ行くと、やはり見間違いではない。浪川くんがそこには居た。

「……マジで一体なにやってんの?」

 焚き火を囲う浪川くんに、思わず声をかけずにいられなかった。

「おお村人、奇遇だな。……お前も食うか?」

 焚き火にくべた串焼きの魚を、浪川くんがわたしに差し出す。いらないよと手で示すと、浪川くんは思い切りそれにかじりついた。ほふほふと白身を頬張る浪川くんは、レベル99の勇者と言うより野生児だ。

「学校を休んでパーティメンバーを探していたことが保護者にバレてしまってな。二度と帰ってくるなと家を追い出された」

 当然の帰結と言えるだろう、あんなに堂々とサボった上で、元気にテレビに出てしまっては。

「……それでその魚は?」

「防波堤に捨てられていた釣具を拾い集めて釣った。餌はミミズだ」

「そっかぁ……」

 親御さんもきっと心配しているから早く帰ったほうが良いと思うよとか、そんな当たり前の事を言うのは違う気がした。少なくともご飯があるんなら、飢えて死ぬことはあるまい。

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