散らかし屋


「折角わざわざ来てもらったし、うちに寄ってく? 今ちょっと散らかってるけど」

 雨寺さんがそう言い出した時、わたしは瞬きの回数を調整することで彼女へのモールス信号『ニ・ゲ・ロ』を送ろうかとも思ったのだが、残念ながらそのような心得はない。

 雨寺さんを異世界転生同好会に勧誘したい桜木委員長が当然そのお誘いを断るわけもなく、私達は雨寺さんの家にお邪魔することになった。

「……今ちょっと散らかってて恥ずかしいんだけど」

 立派なゲートに守られた雨寺邸はお城みたいな御屋敷で、敷地内には車用の道が通っている。大豪邸というよりも、やはりお城や砦と言った風情。

「どんだけ悪い事したらこんな立派な家を建てられるの?」

 委員長の言い草はあまりにも失礼だったが、わたしだって聞きたいことだった。

「……本当に散らかってるからあんまり見ないでほしいな」

 雨寺さんはもとより小さな背を更に縮こまらせて、広大過ぎる純和風庭園を歩いている。

 きっと小さな頃から友達皆に同じようなことを言われてきたのだろう。そのくらいの想像はつくけれど、好奇心は抑えがたい。

 錦鯉の居る池には、立派な竹の鹿威し。それがパカーンと鳴るところを一度くらい目に収めたいと横目に庭を観察してると、奇妙なオブジェが目に入った。

「……女神像の噴水」

 確かにちょっと散らかってるかも知れない。なんというか、コンセプト的なものが。

 和風庭園には不似合いの石膏像を通り過ぎて玄関に入ると、二人のお手伝いさんが出迎えてくれた。

「おかえりなさいませお嬢様」

 白黒のメイド服と、割烹着を着た女中さん。なんという統一感のなさだろう。

 剣と魔法のファンタジー世界にスマホやら戦車やらを持ち込むなろう系並みの違和感は、広大な雨寺邸を進む度に増していった。

 両開きの立派なドアの先に和風の茶室。障子で仕切られた部屋はフローリングのリビング。

 そして最後辿り着いた屋敷二階奥・雨寺さんの自室には、今までのものは全部序の口だとでも言うべき、大いなる混沌が広がっていた。

 部屋を満たす爆音は最新のEDMで、アンティークなウッドスピーカーから流れている。

 壁に吊られた高級そうなロードバイクのすぐ下には、『冬山の歩き方』とかいう雑誌。

 SFチックなVRヘッドセットのすぐ横には、とんでもなく古そうなカセット式ゲームハード。

 本棚の中にあるのは子供向け絵本・ビジネス系の自己啓発本・ファンタジー・科学雑誌……あまりにも多趣味がすぎる。

「わぁすごい、何がしたいのか全然わかんない!」

 ベッドの上に置かれていたサーフボードに飛び乗って、委員長ははしゃいでいる。

 雨寺さんは一階から持ってきたコーラを小さなおちょこに注ぎながら、ため息を吐いた。

「そうなんだよね。ボクも自分が何がしたいのか、近頃良く分からなくって。それなのになんだか妙に焦ってるような気分で、学校なんか行ってる場合じゃない気がして」

 壁の傍に置かれたピアノの椅子に座りながら、雨寺さんはギター爪弾いた。全く以て落ち着きがないというか、なんだか支離滅裂だと思う。

 学校での雨寺さんは一言で言うなら垢抜けた子で、運動も勉強も音楽だってなんでも出来るスーパーマンみたいな女子だった。それはもう、私の得意分野でなにか勝負をしようとも、何一つとして敵わないだろうってくらいにスーパーだ。

 合唱コンクールや卒業式ではいつも澄まし顔でピアノを弾いていたし、体育祭のリレーではアンカーをやっていた。ついでのように学業優秀で、しかも小動物系の美少女と来ているのだから、最早わたしなどと見比べるのもおこがましい。

「……ボクって本当、何がしたいんだろう」

 それが今やどうだろう。うつろな目でダイエット用のルームランナーで走りつつ、お得用ポテチを貪るその矛盾極まる行動に、私はちょっとだけ心配になった。

 一方そのすぐ横に寝転ぶ桜木委員長はまるで自分の部屋みたいにくつろいでいて、勝手にテレビまで見始めた。

「私この時間はローカル番組見ないと落ち着かないのよねぇ」

「さっきから部屋主より落ち着いてるよ。もうちょっと遠慮とか無いの?」

「ってちょおおおおい!? ちょいテレビ見てみぃ村ぁあああああああ!?」

 他人のベッドで寝ていた委員長が突然起き上がってテレビを指差したもんだから、てっきり自分の家が火事になってるニュースでも流れてるのかと思った。

 薄っぺらの高級そうなテレビには見慣れたご当地番組が流れていて、よく見るアナウンサーがロケをやっている。映ってるのはこれまた良く見慣れた場所で、古くからある地元のショッピングモールだった。

 一体委員長はなにをそんなに驚いているんだろう。そう思いよく見てみると、見慣れたアナウンサーの後方に、今日学校を休んだ転校生が居た。

『北海道展は今週いっぱいまでやってまぁ~す!』

 笑顔いっぱい女性アナウンサーの後方に、仏頂面の浪川くんが立っている。

 なんの面白みもないシャツとジーンズで私服を初お披露目してくれた浪川くんは、真顔でプラカードを掲げていた。

『魔王討伐メンバー募集中/レベル70以上の戦闘職/低レベルでも応相談』

 明らかに浪川くんを避けようとカメラが動き回る中、彼は華麗な身のこなしで画面内に入り続けている。なんというはた迷惑。

「くう~……っ! 流石は浪川くん、校内でメンバー探しをしてる私達をあざ笑うようなワールドワイドっぷりね!」

「ローカル局だから県内だけの放送だよ。ていうか浪川くん、学校サボってなにやってんの?」

「誰? あのヤバそうな人二人の知り合い?」

 食い入るように人んちのテレビを見る私と委員長に、雨宮さんが聞いてきた。

「実はあの人、最近うちの学校に来た転校生でね、名前は」

「浪川二郎、レベル99の勇者よ」

「……って自分で言ってる普通の子だよ。いや勿論言動は見ての通り普通じゃないんだけど」

 テレビの中の浪川くんが、スタッフの方に誘導され画面外へ消えていく。意外にもしおらしく素直だが、持っていたパーティーメンバー募集のプラカードは一番目立つ所に置いていった。中々抜け目ないと思う。

「……なにがしたいの? この人」

 現実世界においてはゲームのネット掲示板くらいにしか書き込まれることのないだろう『魔王討伐メンバー募集』のプラカードを見て、雨寺さんはそう言った。全くそんな事はわたしのほうが知りたいと、そう言いたい気分だった。

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