第4話


 翌日の金曜日、浪川君は学校を休んだ。

 黒川先生曰く「病欠です」との事だけど、もしかすると浪川くんはもう二度と学校へ来ないんじゃないだろうかと不安に思った。


 スベり倒した異世界語の自己紹介、同級生への消えろ発言、ダルい絡みをしてくる委員長、置物みたいな隣席の女。……どれも転校ガチャ大はずれ、マイナスからのスタートである。

 今頃浪川君が家の壁に頭をぶつけながら「うわああ俺はなんてことしちまったんだああ! 初日からやり直させてくれええええ!」なんて叫んでると思うと可哀想でならないし、そうならもう少し優しくしてあげればよかったとも思う。「そうなんだすごいね♡」と、いちいち語尾にハートマークを付けてあげ、全肯定してあげるべきだったかも知れない。

 ぽっかりと空いた隣の席を神妙な気持ちで眺めつつ弁当を食べていると、委員長が来た。


「……あなたの隣の席、呪われてるんじゃないかしら」

「委員長もうご飯食べたの?」

「ここはもともと雨寺あまでらさんの席でしょ? 彼女二年になってから一回も学校に来てないし、やっぱりこの席何かあるんじゃないかしら」

「ねぇご飯、」

「でもきっと大丈夫よ、村人さん。勇者は必ず帰って来る。浪川くんの居ない間、私達は私達でやれることをやりましょう!」

「もしかしてわたしの声ミュートになってる?」

「いいえ? ちゃんと聞こえているけど?」

「じゃあもう少し会話のキャッチボールしようよ」

「強すぎるあなたの想い、受け止めきれなかったのかも知れないわね」

「そんなに重い話はしてないよ。ご飯もう食べたんだ、すごいね早食いだね、くらいの会話で良いんだよ」

「そんな事よりよ!」

 浪川君といい委員長といい、まともな人間はわたしに話しかけてくれないのだろうか。

「後一人のパーティーメンバーは見つかったの!?」

「いや、別に探してもないけど」

「そんな事でどうするの!? わたし達は魔王討伐パーティーに選ばれた栄えある冒険者なのよ!?」

「同好会つくるための人数合わせでしょ。わたし、レベル3だし」

「レベルなんて後からいくらでも上げられるわよ! 大事なのはやる気よ、やる気」

 浪川君と同じような事を言っている委員長は、やっぱり大分そっち寄りの人間なのだろう。つまるとこわたしとは違う、異世界寄りの人だ。

「頑張って私とあなたで認めさせるの。後一人高レベルのパーティーメンバーを見つけて、『ほう? 案外やるじゃないか』って、浪川くんにね!」

「……」

 なんだかまた面倒なことを言い出しそうだなあと思いつつも、学校をサボって家へと逃げ帰る非行少女性も持ち合わせていないわたしは、ただ黙々と弁当を喰らう。がしかし勿論、今すぐこの場から逃げ出した方が良いのではなかろうかという嫌な予感は、その時から既にあった。

「村人さん、あなた今日の放課後時間ある?」

 ほら来た。

「……今日は図書館に借りてた本を返しに行かないと」

「じゃあ一緒に行きましょう? わたしも今借りてるのは全部読んじゃったから」

 そう言い委員長が見せつけるハードカバーは、全部が全部、見事なまでになろう系。

「……それで、図書館の後は?」

 クイっと眼鏡を押し上げて、委員長は仁王立ちに腕を組んだ。そして町にこんな人居たら絶対誰からも話しかけられないだろうなというような満面の笑みを浮かべて、

「勿論、レベル50以上のパーティーメンバーを探しに行くのよ! 見当はもうついてるから!」

 大声でそう言いながら、隣の空いている席を指さした。



 放課後に委員長と行った図書館探索は、意外にも楽しかった。

 なろう系初心者の委員長に、最近読んだのではどういうのが面白かったかを聞いて「あぁアレおもしろいよね、主人公ちょっとキモいけど」などと悪口にも似たなろう批評を行うのは、いかにもオタクの高校生同士って感じで、意外にもときめく。

 がしかし、そんな他愛もない時間に対し、『この時間が永遠に続けば良いのに』とまで願ってしまうのは、勿論委員長との図書館デートが楽しかったからというだけではなく、その後訪れるマジのガチのなろう系タイムを憂いてのことである。

「……委員長。そのシリーズにハマったんならさ、今から本屋にでも行かない? 最新作はまだ図書館においてな」

「浅ましい謀略でメインイベントを流そうとするんじゃあないわよッ!!」

 村人風情の企てはあっさりと見抜かれて、魔王討伐メンバー探しは始まってしまったのだった。

 市立図書館からバスに乗り、普段わたしが来ることのない住宅街までやってきた委員長は、まるで画面右上にミニマップでも表示されているのかのように迷いなく、ズイズイと道を進んだ。

「ねぇ、どこ行くの?」

 そう聞きつつ、もう察しはついていた。

「決まってるでしょ? 二年になってからずっと休んでる、雨寺さんのご自宅よ」

 やはりかと、そう思わざるを得ない回答である。

 委員長と浪川くんと違い、他人のレベルを判定することの出来ないわたしですら、クラスで一番レベルが高いのは誰ですかというフワフワした質問を受けたなら、何となく彼女の名前が最初に浮かぶ。

 それが『雨寺静音』というクラスメイトで、浪川くんが不法に占拠している席の、本当の持ち主の名前である。

 小学生と間違うくらい背の低い雨寺さんはフワッとしたショートヘアなのもあって、まるでお人形みたいに可愛らしい。

 そして何より、彼女は自分を呼ぶときの一人称が、実はなんと……、

「悟空みたいな奴よね、雨寺さんって。小さいのにあんなにパワフルなんだから」

 ……いやちがう、雨寺さんは自分のことを「オラ」なんて言ったりしない。彼女は自分のことを語る時、

「あ!? あれってもしや雨寺さん!? おーーい!! こっちよこっちーーーーー!!」

 いや嘘でしょこんなタイミングで? 最近言動の不安定な委員長が手を振る方を見ると、誰も居ない。まさか幻覚まで見えるようになってしまったのだろうか。

 薄ら寒い思いで十字路にさしかかった私は、もう一方の道からやって来た雨寺さんと見事にぶつかった。

 ごつんと互いに額をぶつけた雨寺さんは、わたしの方になど見向きもせずに、尻もちをついたまま委員長の奇行に困惑していた。

 委員長は目の前ですっ転ぶ雨寺さんを無視して、多分どこかずっと遠くにいる自分にしか見えない雨寺さんに向けて叫んでいる。

「雨寺さーーーーん!! 桜木だよーーーー!! だいじょうぶーーーー!?」

「……どう考えても目の前の人と話す声量じゃないでしょ、それ」

「……最近ちょっと色々あっておかしいんだ、桜木さん」

 ぶつかったことを謝り手を差し出すと、雨寺さんはちょっと遠慮するような顔をした後、「ありがとう」と言って起き上がった。

 ふわっとしたショートヘアがよく似合う、冬眠明けの小動物みたいにちょっと眠たげな雨寺さんは、私服のスカートを手で払う。

「……もしかして君ら、ボクに会いに来てくれたの?」

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