第3話 パーティーメンバー募集中1


 異世界語のテストを終えて放課後。

 誰よりも早く帰宅の準備を整え席を立ったわたしは、不意に隣の浪川君に声をかけられた。

「おい村人。この村の冒険者ギルドはどこにある?」

 そんなものはどこにもない。

 ついでにここは田舎でも都会でもない地方都市で、なんたら村とかいう地名ではない。そうなるとわたしは村人じゃなく町人ちょうにんということにもなってくるのだが、そうなると何だか時代劇っぽい感じになってしまうので、今はそんな主張しないでおこう。

 彼の言う『冒険者ギルド』というのはなろう系小説に必ずや登場する便利組織のことで、要は日雇い労働の斡旋所だ。異世界転生した者らは物語序盤、大体そこで「ゴブリンをみなごろしにしてください」とかそういった物騒な依頼を受け、冒険に旅立つ事になる。……何度だって言うがそんな組織、現実ここには一切存在しない。


「職安なら駅の近くにあるよ」

 そう言い席を立ったわたしを、浪川君は強引に引き止める。机の上に置かれたわたしの鞄を抑え込む彼の力はどうにも常軌を逸していた。どうやら『逃げる』のに必要なステータスは、現実では『素早さ』ではなく、『力』の方が重要だ。体でそれを思い知らされたわたしは、諦めて席に座る。……今日は図書館に行きたいのに。


「俺は仕事の依頼を探しているのではない。パーティーメンバーを募集したいのだ」

「パーティーメンバー」

「そうだ。それも魔王討伐パーティーだ、誰でも良いというわけにはいかない。レベルは最低でも50以上。回復魔法に長けた者、トラップ解除や解錠の技能を持つ者、危機管理能力に優れた盾役、可能なら高位の魔法使いも募集したい」

 そんな人たちはこの世のどこにも存在しない。存在しないのに委員長は適当な事を言って、火に油を注ぎたがる。

「そうなら向かうべきはハローワークじゃなく職員室ね!」

 またもいつの間にか会話に混ざっていた委員長はクイッと眼鏡を上げながら、仁王立ちで言い放つ。

「部活を設立して、大々的にメンバーを募集すれば良いのよ!」

 要らない事ばかり言うなぁこの人は。

 内心頭を抱えるわたしと違い、浪川君は「ほう?」と興味あり気である。

 委員長は「ちょっくら行って来るわ!」と教室をダッシュで飛び出し、しかし廊下は走らない。どうやら本当に職員室へ向かったようだった。

「村人よ、あの聖騎士が言う部活というのは?」

「放課後に集まって活動をすること」

 なんで職安の意味は知ってるのに部活を知らないんだろう、違和感しかないよ。

「なるほど? この世界におけるパーティー、あるいはギルドのようなものの事か」

 全然違うがそういう事にしておこう。わたしには関係のない事だし、早く図書館に行きたいし。

「それじゃあ、わたしはこれで」

 鞄を持って席を立つと、委員長が帰ってきた。あまりにも早すぎる。競歩部の主将になった方が良いのではないだろうか。

「全然ダメだったわ!」

「何て言ってきたの?」

「魔王を倒す為の組織を編成すべきですって、教員の方々に進言して来たのよ」

 ダメじゃない方がダメだろう、そんなもん。

 呆れて帰ろうとするわたしを捕まえ、委員長は一枚の紙きれを渡してきた。わたしはそこに印字された『入部届』の三文字を良く見てから、委員長の顔を眺める。なんなの? これ。

「入部希望者を4人集めれば同好会を作って良いと言われたの、だから後一人部員を捕まえれば、異世界転生同好会を作れるってワケ」

 なんだそのトラックに轢かれるのを目的としてるみたいな同好会名は。あまりに危険すぎるだろう。あと一人を『捕まえる』というのも物騒だ。……あれひょっとしてもしかすると、わたしはその危険なクラブにもう捕まっている?

「目指すはレベル100の村人ね」

 真冬に咲いた狂気のひまわりみたいな笑顔に対し、下処理なしのゴーヤを丸かじりしたような苦笑を返し、わたしは鞄を持って教室を出た。

 今度はそれを引き留めなかった浪川君に、委員長が嬉しそうに話しかける声がする。

「敵を知り己を知れば百戦危うべからずよね! 浪川くん、魔王というのはどんな能力を持っているの!?」

 放課後の教室にはあまり似つかわしくない単語を大声でわめきたてる委員長を尻目に、わたしは教室の扉を開いた。図書館に行く元気は、最早完全に奪われていた。

 今日はまっすぐ家に帰ろう。

 そう思いトボトボと、確かに一人で歩いていたはずなのに。

 駄菓子屋の角を曲がった辺りから、浪川くんが隣に居た。一体どんなルートから追いついた? ……というかもしかすると、走って追いかけてきた? そうとしか考えられないけど、なぜ?

「……」

 渦巻く疑問の中を彷徨うわたしに、今日は浪川くんの方から声をかけてきた。

「村人よ、本当にお前は魔王討伐部隊に名乗りを上げるのか?」

「!? ……いや、私は別に良いかな。レベル3だし、村人だし、他の人に任せるよ」

「!? 村人よ、お前本気なのか……!?」

「本気というか正気なんだよ、浪川くん達と違って」

「……分かった、お前がそこまで言うなら仕方ない。ただし命の保証は出来ないぞ。……全く『たとえレベル3の村人でも、他の人間に任せっぱなしには出来ない。正気じゃないと笑うなら笑え、わたしは本気だぞ』か。そこまで侠気を見せられては仕方あるまい」

「曲解というのもどうかってレベルの解釈だよ。わたし一言もそんなこと言ってないんだけど」

「お前にそこまでの気持ちをぶつけられては、俺だってうかうかしていられないな。……村人よ、俺は少しやることが出来た。次に出会うその時まで精進を重ねておけ」

「明日学校で会うまでの間にやれる事ってなに? 腹筋くらいしか思いつかないよ」

「さらばだ、勇敢な村人よ。例え旅の途中に果てようとも、俺はお前のことを忘れないだろう」

 そう言い浪川くんは踵を返し、私の家とは反対の方向へ去っていった。マジで一体どこに住んでんだろう。

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