第2話 レベル53の聖騎士・委員長


「おはよう」

 日本語でそう挨拶するだけで驚かれる男子高校生なんて、きっと彼以外には居ないだろう。

 先日異世界語で自己紹介をした転校生・浪川くんは、確かに隣の席のわたしを見てそう言った。

「……おはよう」

 わたしが一言返しただけで、クラス中の視線がこっちに集まるのを感じる。勘弁してほしいなと思いつつ、昨日下校中にした彼との会話を思い出した。……もしかしてあの他愛無いお話のせいなのだろうか、わたしを取り巻くこの現状は。

 いつも出来るだけ教室の隅に置かれた空っぽの水槽のような存在を目指しているわたしは、なんとも居づらい。居づらいから、急いでトイレへ逃げ出した。がしかし今日は一体どういう日だというのか、途中の廊下で桜木委員長に捕まった。

「ねぇあなたなんで浪川くんと仲良くなってるの?」

「ごめん、おしっこ漏れそうなんだ」

 嘘をついてトイレへ走る私の背中に、ツカツカと行儀の良い足音がついてくる。背後にぴったりと張り付いて離れぬ桜木委員長の圧は、流石はレベル53の聖騎士。のしかかるように厚く重い。それでも何とかトイレに逃げて、奥の個室の鍵を閉めた。これで安心。結界は完成した。そう思いほっと溜息をついた、その矢先。

「ねぇあなたなんで浪川君と仲良くなってるの?」

 驚き声のした方を見上げると、ドア上の隙間から委員長が顔を出していた。ホラーゲームか?

「……浪川君とは昨日帰りにちょっと話しただけなんだけど、そんなに興味ある?」

「興味しかないわ。鍵開けて? じゃないと上から入っちゃうから……!」

「そこまでする?」

「するのよ、私は」

 わたしが本当に用を足していたらどうする気だったのだろう。……いやきっとそれでも躊躇なくわたしに話しかけるつもりだったのだろうなと、そう思わせる狂気の色を、委員長は眼鏡の奥に宿していた。

 よじよじとドア上部を這い始めた委員長の体裁を気にかけて、わたしは仕方なく鍵を開く。即座に扉を開け個室の中に滑り込んで来た委員長は、すぐさま後ろ手で鍵を閉め直した。細長い眼鏡の縁をクイクイしながら、尋問するようわたしを睨む。

「それで、あなたは一体何者なの」

「えっ!? ……桜木さん、わたしの名前覚えてないの?」

「そんな筈ないでしょう! わたしは学級委員長よ!? 教員一同・全校生徒、どころか用務員さんの名前と誕生日まで覚えてるわ! わたしが聞きたいのはあなたの名前なんかじゃなく、ジョブあるいは種族名、およびレベルよ!」

「あぁそっちの話」

 うちのクラスはいつの間に異世界へ片足を突っ込んでしまったのだろう。

 つい昨日までは日常生活でジョブとレベルを聞かれるなんて思ってもみなかった。それもよりにもよって真面目なクラス委員長・桜木さんからなんて。

「さぁ白状しなさい! あなたは一体何者なの!? スライム!? 超越者オーバーロード!? それとも悪役令嬢!?」

 鞄から取り出したなろう系小説を突き付けながら、委員長はわたしに近付く。それはもう、額と額がくっつくくらいに。

 狭苦しいトイレの中二人きり、何も起きない筈も無く……わたしはついに白状する。別にここまでしなくたって、隠し立てするつもりなんて全然ないのに。

「わたしは村人だよ、レベル3の」

「むむむむ村ァ!? しかもザッッッッコ!? 転校生はレベル50以下の奴と話をしないんじゃなかったの!?」

「本人も適当に言ってるだけじゃないかな。……浪川君、ちょっとおかしいし」

 勿論あんな話を真剣に受け止めてる委員長だって、大分おかしいのは間違いない。思うが口には出しはしない。

「納得いかないわね、わたしのことをとか言ってくれた癖に、何の変哲もない村娘には挨拶するなんて。……いやもしかするとあなたは特別なチートスキルを持つ村人、あるいは大賢者の血を引く第四位階魔法以上の使い手の村人……? そうだとしたら全てに整合性が……」

 しばらく一人ぶつぶつと呟いていた委員長は突然ハッとなって、わたしの手を強く握った。まるでわたしの秘めたるチートスキルを見抜いてしまったように、わなわなと震えた。「私とした事が、どうしてこんな事に気が付かなかったの……!?」。などとまた一人呟いてから、トイレの扉を開け放った。

「大変よ村人さん! ホームルームまでもう後1分しかないわ!」

 私の腕時計を指差してから、委員長は早足に去って行った。無論遅刻しそうだからって、彼女は廊下を走らない。きっと校則で禁止だからだと思う。

 いくらなろう系の転校生に毒されようと、桜木さん生来の真面目さは消し去れないらしい。

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