異世界からの転校生 ~レベル99の勇者・浪川二郎を見守るレベル3の村人~
矢尾かおる
第1話 レベル99の勇者・浪川二郎
〇
人はトラックに轢かれると死に、異世界で甦る。
異世界の神様から授かりしチートスキルで無双を重ね、多くの現地女性に好かれた末にハーレムを築き上げ、未来永劫崇められる。
……などというお話は実は全部嘘の作り話で、トラックに轢かれた人間が実際に向かうのは大体の場合病院か、場合によってはお墓になる。
――実のところ人間は、死んでも異世界で甦らない。
わざわざ棒線を引くまでもない誰もが知ってる話をいきなりするなんて、わたしだってどうかと思う。だけどしかし、世の中にはその程度のことも分からない人間が存在するのだから仕方ない。
自分を異世界の勇者だと信じてやまない転校生・浪川くんがやってきたその日の朝も、わたしはなろう系小説片手に教室後方に居座っていた。
〇
「レオ・メイムズイ・ジロー・ナミカワ。マクスド・イナドイナ。ブヨズイ・イレイヴァー。ヴォルグスドメタ・ヒースドコルス・ナーバシアバギィ」
朝のホームルームと共に先生に連れて来られた転校生は、そのご尊顔を皆が良く観察する前に、まずは不思議な呪文を唱えてみせた。
「……転校生の浪川二郎君です」
クラス中が戦慄する中、教員二年目の黒川先生は気まず気にそう言った。
まるで異世界人の通訳係みたいになってる担任教師の顔を見て、転校生はなにかを思い出したようだった。
「……あぁ。ヴェーム・ルーシュの言葉はここでは通じないのだったな」
――いや日本語喋れるんかい。
いつもお調子者の宇崎君は、きっとそう言い損ねた。自称ムードメーカーの坊主頭は、ぽかんとした顔で絶句している。
「俺の名は浪川二郎。ジョブは勇者。レベルは99。魔王征伐の仲間を探しにこの学園へやって来た。我こそはという者はよろしく頼む」
学園て。レベルて。ジョブて。我こそはて。
冗談で言っているのならかなりスベってしまっている筈なのにその転校生は……レベル99の勇者であらせられる浪川君は飄々とした足取りで歩き出し、勝手に空いてる席に座った。
どんな奇跡だという感じだが、実際には三十分の一。彼が占領した場所はわたしの右隣の席だった。
2年のクラス替え以来未だ新しいクラスに馴染めずに居るわたしは、にわかに盛り上がり始めたクラスメイト達のひそひそ話に混じることも出来ず、いつも通り本を読んでいる振りでやり過ごした。
そうして隣に座るヤバい転校生と目を合わせないようにしてる間は驚くほど早く時計が回り、いつの間にかホームルームは終わっていた。
〇
突然現れた転校生・自称レベル99の勇者である浪川君は、よく見るとそれなりに良いツラをしていた。
悲劇が起きてしまったのは、多分そのせいなのだろう。
朝のHRで行われた『異世界語での自己紹介』はきっと彼なりのジョークに違いない。そう自分に言い聞かせながらツラの皮の良い浪川くんに話しかける女子はそれなりに存在して、しかし誰一人として生きて返れなかった。
「浪川君って本当はどっから来たの?」
「ていうかあの自己紹介さ、マジやばかったよね、ウケる」
「あれってなんかのアニメのネタ~? 私も結構ヲタクなんだよね~」
ほんとうはドン引きしていた筈なのに優しくそう言うクラスの女子たちを、浪川君は何を考えているのか分からない無表情で眺めていた。
わたしはその様子を隣の席で眺めながら、ただ祈る。このまま浪川君が恥ずかしそうに「ごめん、ちょっと目立ちたくて」なんて言ってくれれば良いのにな。そうならドッと笑いが起きて、わたしだって口元を隠して微笑むのに。……そんな思いで眺めていた浪川君の薄い唇は、ヒクッと痙攣するよう一瞬開き、そしてすぐに閉ざされた。
「……チッ!」
マジかこの人。
聞き逃しようもない大きな舌打ちに息を呑むのと同時、浪川くんはその剣を抜き放った。彼を囲う優しいクラスメイト達を、一刀のもと両断した。
「……消えろ。レベル50以下の雑魚とは話す気も起きない」
ぴしゃりとそう言い斬られて、野球部マネージャーの中川さんは目に涙を浮かべた。
彼女の親友を自負する大井さんは顔を真っ赤に語気を強めた。「ちょっとなんなのアンタァ!?」。そこに浪川君の舌打ちがさらなる合いの手を入れるものだから、場はもう収まりようもない。
隣席のわたしはただ黙ってその修羅場を横目に眺めていた。流石はレベル99の勇者だなあって、ちょっとだけ呑気な気持ちでだ。
「ちょっと浪川君!」
次に浪川君に挑んだのは、騒ぎを聞きつけた桜木さんだった。
細長いフレームの眼鏡をかけた如何にも学級委員長って感じの学級委員長が背筋をピンと伸ばすのを見て彼は、「ほう……?」といかにも只者ではない感じに呟く。
「レベル53の聖騎士か。……良いだろう、話くらいは聞いてやる」
わたしを含む教室の傍観者たちはその辺りで、たまらずブフォと噴き出した。
そのくらいはカッコ良い言い草で、声に出してイジりたい日本語だった。「良いだろう、話くらいは聞いてやる」。
一方で渦中へ飛び込んだ委員長には笑う余裕なんかないようで、ただ眼鏡をギラギラと光らせている。
「女の子泣かせといてなんなのその態度!? 委員長の私が許さないんだから!」
「ほう? ならば具体的にどうするのだ?」
「……先生に言う」
「フン、惰弱な。所詮は王に仕えるただの駒……か」
「さっきからなんなのあんた!? 何言ってるか全然分かんないんですけど!?」
「消えろ、己の意思なき哀れな女。俺はそんな者に用はない」
「……!」
その後は総すかんだった。
浪川君という謎の転校生は、ホームルームから一時限目が始まるまでの僅か10分間でクラスの女子殆どを敵に回し、それ以外を全員観戦者にした。
無論、わたしは最も危険な観戦者だ。
何と言っても浪川くんとわたしは隣の席。絶対に目を合わせてはならないし、彼が落とした消しゴムを拾うなど言語道断。敵の味方は敵という原初の理論により、これまでクラスの置物としてのみ存在を許されていたわたしなどは、ただちに弾圧される事となるだろう。……だろうがしかし、もちろんわたしも興味はあった。
一見すると普通の高校生、自称レベル99の勇者、浪川二郎。
彼はなぜに高校二年の5月、片田舎の市立高校になどやってきたのだろう。
彼は本気で言っているのだろうか。レベルだとかジョブだとか、そのしごくナーロッパ的単語たちを。
もし本気で言ってるなら、彼にはもう成長の余地がない筈なのに、なぜ真面目に現国の授業など受けているのだろう。……いや、なろう系主人公とはとにもかくにも鍛錬に勤しむものだ。きっとそこに理由などありはしないのだろう。ただ今より少しでも強くなりたいが故の日々の研鑽。頭が下がる。
意外にも大人しく授業を受ける狂える転校生・浪川くんについて考えてると、残りの授業は秒速で終わり、気付くと下校時間を迎えていた。……それだけ考え抜いて尚、わたしの興味は尽きなかった。
歩き慣れた通学路。その途中の駄菓子屋を通り過ぎた辺り。わたしはついに我慢できなくなって、彼に向かって声をかけた。
もしかすると家の方向が同じなのかも知れない。教室を出てから今までずっと、浪川君はわたしの傍を歩いていた。
「……その傷はドラゴンにでもやられたの?」
まるで互いを意識し始めたラブコメの幼馴染みたいな付かず離れずの距離を保っていた赤の他人の転校生は、その時初めてわたしを見て、口を開いた。
「竜ではなく魔王だ。俺は一度奴に敗れた」
クラスの誰も触れる事の出来なかった話題……頬に残る大きな十字の傷跡をそっと撫でてから、浪川くんはまた歩き出した。
実はちょっとだけ期待していたところもある、浪川くんの伝家の宝刀『消えろ』は、結局わたしに放たれる事なく。わたしは仕方なくとぼとぼと歩き続ける。
浪川君もなぜなのか、わたしの隣を音も無く歩き続ける。
実に気まずい。気まずいとわたしはいつも、いらない事ばかり喋ってしまう。
「……わたしはレベル50より上なの?」
だからそう聞いてしまったことについても、深い意味などありはしない。
ただ成績トップでスポーツ万能の委員長・桜木さんがレベル53の聖騎士なら、高校二年になっても人見知りをこじらせているぼっちの劣等生・わたしは一体何者なんだろうと、ちょっと気になったというだけだ。本当に、真面目な答えなんて期待してない。
だというのに浪川くんはわざわざ私の前へ回り込んで立ち止まり、真っ直ぐにこっちを見つめた。まるで睫毛の本数でも数えるみたいに間近で、目の奥まで覗き込んでくる。
彼がいかに狂った転校生と言え、少しだけドキドキしたのは言うまでもないだろう。
「お前のレベルは3だ、ジョブは村人」
「……」
レベル50以下の雑魚とは話す気も起きないのでは?
いやしかしまぁ、初期設定や主人公の性格が急変するなんて事はなろう系によくあることだ、気にしていても仕方ない。……いやでも、それにしたって村人ってなんだ。それってジョブと言えるのか。騎士にだって暗黒騎士や聖騎士が居るんなら、村人にだって色々な奴がいるだろう。そう例えば、商人とか物乞いとか、学生とか。
若干のもやもやを感じながら歩くこと暫し。不意に隣を眺めてみると、浪川君はいつの間にか消えていた。まるで無詠唱の転移魔法でも使ったみたいに、忽然とだ。
……思い返せばもしかすると、その日彼と行ったたったそれだけの会話が全てのきっかけだったのかも知れない。
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