第5話 きみの歌声を聞かせて


「ただいま。」

帰ってくるなり、ギターをおいて彼女はノートに何かを書いていた。


あれから数日が経った。

あの日ギターを持って行ったということは何か、彼女自身が変わったみたいだ。



―― ピーンポーン ――


「やっほ。」

ドアが開き、りんりんがひょこっと顔を出した、


「どう? 曲書いてるの?」

「うん、あの、この前はほんとにごめんね。」

「謝らなくていいよ。 私こそ余計な事言っちゃった。」


「ううん、りんりんは謝らないで、

 あのね、それでね。 私、弾き語りに挑戦してみようと思ってるんだ。

 それで、りんりんに相談したいことが合って・・・」


「えっ!? 弾き語り?? いいじゃん、いいじゃん!!」


「新しいことをしてみようと思ってね。 でも、まだ人前は歌えないけど。震えちゃう。」


「でも、私の前だと歌えるでしょ。

 だから、いつかきっと歌えるようになるよ。 ね。ゆずもそう思うよね?」


そう言うと、りんりんはいつも通り下あごをこすこすとこすってきた。


「なああん。」


「あのさあ、あんな。 この子言葉分かってない??」

「・・・かもね。 話しかけると、返事するもんね。」

「この前なんか、一緒に歌うたったよ。」

「それはモリすぎ(笑)」


「ほんとだよ! えっとね、 にゃんにゃん、にゃにゃ、 にゃああああん。」

「いや、なんであんたが猫の口調で歌うんよ。」


「ほんとにうたってたのおお?」

「そうだよね、ゆず。 一緒に歌ったよね?」


じっと2人がこっちを見つける。

(やばい・・・・・)


「「まっ。そんなわけないよね」」


「うりうり。」

下あごこすこすが一層強くなった。


「で。相談って何??」

「そうそう。・・・・・・」


ふたり仲直りできてるみたいでよかった。

弾き語りに挑戦しようとしてるも彼女が考えていることもおれはうれしかった。


それと同時に、この前のメロディーを譜面に落としたいと思うようになった。

何とかして、譜面に落として。 後は歌詞は、彼女に・・・


「・・・歌詞は私が考えようか??」

「え? なんで? りんりんが考えてくれる?」



そうか、彼女の作詞センスは何とも言えないんだった。


「でもうれしいよ。 あんながまた歌うって聞いたときは。」

「ありがとう。 りんりんがきっかけをくれたんだよ。 歌えないんじゃなくて、

 歌わなかっただけ。

 でも、もう少しだけ頑張ってみようと思う。 私の好きなことで。

 ゆずもありがと。 一緒に歌って楽しかったね。」


目を見てはっきりと言われて、思わずソファの裏に隠れてしまった。

「にげたぞ。」

「たぶん、照れちゃったかな。」


「お互い頑張ろうね、 目いっぱい恥かこうよ。」

「うん、もう自分の好きなことに嘘をつかない。

 自分に嘘ついて、これ以上私を嫌いになりたくない。」


彼女の決意に思わず、こっちまで何か突き動かされそうになる。

自分自身に勝手に幻滅して逃げた自分でも、変われるんじゃないかと。


「そろそろ帰ろうかな。」

「うん、今日はありがとう。 またね。」


わずかに空いた扉の隙間めがけて走り抜けた。

「あっ!! ゆず!!」

「やばっ! ウソっ!!」


(おれが住んでたアパート。 そこに行けば曲をかける。)


わずかに残っている記憶を頼りに走り出した。

息が切れるまで走り続けた。


(はあ、はあ、はあ、 あれ。 迷ったーん・・・)


おぼろげな記憶を頼りに走り出したが、人や生き物をぬってついた場所は、

ただの広場だった。


もう外はすっかりと暗くなったので、今日は一旦物陰に隠れて

休むことにした。


あしたからまた探そう。 まだあきらめない。





~~~~~~~~~~  朝  ~~~~~~~~~~~



ゴソゴソと下半身をまさぐられるような感覚に目が覚めた。

目を開けると、全く知らないおじいさんが、おれのポケットを漁っていた。


「おあああああああ!!!」

「うわああああ!!」


男2人の奇声が広場に響いた。


「なんだよじじい!!!」

なぜか爺さんまで大きい声を上げて、何も言わず去っていった。


「あ、そうか。 帰らないと。」


目線の違和感・声が出せることに違和感を覚え、自分の姿をまじまじと見つめた。

「・・・っっ戻ったーーー!!!!」


昨日の時点ではおぼろげだった記憶も今は思い出せる。 家までの道も、曲も。


急いでアパートに戻って、パソコンの前に座る。

(よし、急いで作るぞ。)


睡眠時間を削って、曲を大急ぎで作っていく。

アレンジを加えて、適当な歌詞に仮で歌入れと。


「よし、できた!」

(今は夕方か。 急ごう!!)


データを入れたUSBをパソコンから抜き取り、急いで外に出る。

走って走って見覚えのあるアパートの部屋の前に立つ。


(・・・・・これはダメだな。

 見知らぬ男が急にきて、USBを渡して歌ってくださいなんて怖すぎる。)


そもそもすべて夢だったんじゃないかと思えてきた。

あの、あんなという彼女もただの空想の人だったんじゃないかと。


(よし、 帰ろう。)


くるっと振り返ってきた道を歩いて戻った。

河川敷を照らす綺麗な夕日に思わずノスタルジックな気分になる。



♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩


空耳なのではないかという声にハッとした。

聞こえるか聞こえないかの小さい声だが、おれにははっきりと聞こえた。


声のする方を見ると、川に向かう坂道にギターを持った女性が座っていた。

(あぁ、どうしよう・・・)




「あの。 すみません。」

意を決してその女性に声をかけた。


「あ! すみません。 そういうんじゃなくて・・・ 練習で、もう今日は終わりです。」


彼女は焦った様子で、急いでギターを片付け始めた。


「あの! これを・・・」


ポケットに入れていたUSBと首についていた肉球マークを差し出した。

(怪訝な顔されるのは分かってる。渡したら帰ろう。)


「え?・・・なんで??」



「いつか、きみの歌を聞かせてください。」




――――――― 完 ―――――――

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きみに歌ってほしい!!! ちゅろす☺♡ @Churro69

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