第4話 勇気を振り絞って


ある日の午後


「うぃ。」


ドアが開き、りんりんが入ってきた。


「今日も持ってきたぞー。ゆずよ。 じゃーん!」


ぱっと目の前に出されたものは、チュールだった。


「ごめんね、その子にお土産持ってきてもらって。 ありがと。」

「いいのいいの。 私が食べさせてあげたいんだから。 ほらっ、こんなにがっついている。」


ふう、満足。

こんな食べ物ないぞ。 悪魔的だ。 チュールなんてかわいい名前のくせに。


「なああん。」

「お代わりはないよ! 食べすぎ注意! ぶにぶに。」


そういってりんりんは、下あごをこすこすとこすってきた。


「ところで、あんな。 この前送った新曲聞いてくれた??」

「うん、聞いたよ! よかったよ。特にCメモが好き。」



♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩


「ここからサビへの流れがいいね。」

おれとりんりんは突然の歌声に目が合い、固まった。

(うまーーーーーーー。)


「・・・ねえ、やっぱりあんなは歌うべきだよ。」


刺激しないようにしているのか、様子をうかがうようにりんりんは話かけた。


「こういうPOP系の曲が好きなのは知ってきたけど、

 絶対みんなにどんな形であれ、聴いてもらうべきだよ。」


「・・・いいよ。やっぱり人前で歌うのは怖いし・・・」


「私はあんなの歌声がうらやましい。 求められることってほんとにすごいことなんだよ。歌える機会と聞いてくれる人が人がいるなら、私だったら全力で歌う。

 間違えたっていいじゃん!!」


「怖いの。 こう歌いなさい! 音程が!テンポがずれてる!とか否定されるのが。

 歌うことが楽しかったはずなのに。」


あんなは俯いたままつぶやいた。


「顔上げて。  下向いちゃうと楽しい瞬間を見逃しちゃうよ。

 大丈夫。 あんななら歌えるよ。」


「・・・・・」


「じゃあ、 私のバンドにボーカルとして入って。」


「・・・ごめんね、りんりん。 それはできないかな。

 頑張ってるりんりんの今のバンドを壊したくないし、人前で歌えないボーカルなんていらないでしょ。」


「やろうよ! 一緒に!! バンドなら一人じゃないよ!! 私がいる。

 あ、ゆずもね。」

「なあああん!!」


彼女を歌声にすっかり恋をした。

クラシックには詳しくないけど、あの日頭に流れたメロディーに乗せて歌ってほしい。


「・・・ごめんね。」


「・・・そっか、でも、また何回か誘うかも。 とりあえず今日は帰るね。」


「え。。。今来たばっかりなのに。」

「ギター練習する。 あんなに負けないように。 んじゃね!」


「ゆず、またね。」

そう言って、りんりんは下あごをこすこすとこすってから出て行った。


「なああああん。」

彼女の足元にすり寄る。

(多分、りんりんはあんなにどんな形であれ、歌ってほしいんだろう。

 きっかけさえあれば歌えると信じているようだった。)


「ゆずは私の歌声好き? 聞いてくれる??」

すりすりすり寄って、なああと鳴く。


「ゆずってさ、私の言葉分かってるよね???」


「私ね、多分りんりんや、友達の前だと歌えるんだ。

 みんな否定しないから。 でも、授業とか、コンサートとなると少しのミスも

 許されないような感覚に陥るの。

 歌がちょっとうまかったからって、やらされて。

 ついには、人前で歌えなくなっちゃった。」


遠くを見つめるような目で、頭を撫でながら教えてくれた。


「だから、音楽を嫌いになってしまえば、歌えなければ、

 もうお母さんも声楽家になれなんて言わないよね。」


彼女は手をおれの背中に乗せたまま、目を閉じていた。


「なああ、なあ、なあああああん。」


♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩


彼女の歌声を聞いたときにひらめいた曲を、一生懸命声に出してみた。


「?? どうしたの? お歌うたってるの??」

「なああ、なあ、なああ。 なあ、あああん。」


♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩♪♩


彼女はかぶせるように後に続いて、歌声を響かせた。

自分の頭の中にあった曲が、想像の何倍もいい曲へと昇華されていく。


まるでミュージカル映画のヒロイン。

きみの歌声で、世界が色づいていく。


「ふふっ、ゆずお歌上手。」

(おい。嘘つけい。)


そうだ、もともとおれは作曲家になろうとしてた。

売り込みに行っても、相手にされず。 自分自身に嫌になって自暴自棄になっていたんだ。


この曲を完成させて、彼女に歌ってほしい。

今望むのは、ただそれだけ。



「・・・ちょっとだけ、お出かけしてくるね。」

そう言って彼女は急に部屋を出て行った。 背中にはギターを抱えて。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る