第2話 なぜ歌わないの?


「私も音楽嫌いなの。」


さっきまでギターをもって歌っていた姿からは想像できない発言に目をまん丸した。


「あら? 目を真ん丸してどうしたの? って、もとからお目目は真ん丸だったね。」


ソファで横になっているおれの目線に合わせて、彼女はニコッとほほ笑んだ。



でも、どうしてそんなことを言うんだろう。 音楽嫌いな人がギターもって、弾き語りなんてしないはず。

こんなに素敵な声を持ってるのに、音楽嫌いなんて贅沢な悩みだ。


POPな曲調と彼女の歌声がマッチして絶妙に心地よかった。


「私もお昼寝しようかな、 ゆずと一緒に。」


「なああああ!!!」

寝ないという意思を伝えるために目いっぱい声を出して、ギターの上に飛び乗った。


「こら、危ないよ。 降りなさい。」

彼女はひょいっと持ち上げて、ソファの上に運んだ。


「なああ!」

もう一度、歌ってほしいとリクエストしたいのに、彼女に伝わらずもどかしくなる。


「ふふっ。 ゆずって鳴き声が特徴的だね。 そんなに大きな声出さなくても聞こえてるよ。」


頭を撫でられて思わず心地良くなるが、ハッと我に返った。


もう一度歌ってほしくて、ギターの横にぴょいっと飛び移った。


「こーら。ダメでしょ、ゆーず。 悪い子は今日のごはんはなしだからね。

 ソファに戻りなさい。」


再び抱え上げて、元居たソファの上に運ばれた。

(もう一度彼女の歌声を聞きたいだけなのに・・・)


あんなに上手なのに、音楽が嫌いなんて絶対に何かあるはず。

じゃないと嫌いなんてこというわけがない。


「もー。まだ狙ってるなー。 しまっとかないとだ。」


目線に気づかれたようで、おいてあったギターをケースに閉まってしまった。

考え事をしていて、ついぼーっと見つめていたようだ。


「さて、買い物してくるから、いい子にしてるんだよ。」


彼女は薄ピンクの上着を羽織って、外へ行ってしまった。


さて、申し訳ないけどちょっと散策させてもらおう。

不思議なもので人間の文字は読めるから、本棚にある背表紙を一折見てみることにした。


クラシック・・・声楽家に関する本が多いようだ。

その中で、一冊の本が目に留まった。


<サルでもわかる作曲の教科書>


なぜだがわからないが、この本には見覚えがあった。

もっと薄汚れてて、日焼けした付箋まみれの本が記憶の隅っこに残っていた。


前に住んでいた家の記憶か・・・もやがかかったようにはっきりと思い出せなかった。


でも、この本があるということは・・・

そう思って、本を獲ろうと狙いを慎重に定めて飛び上がり爪を立てると、

本は少しだけ斜めに傾いた。


よし。 もう一回! そう思ってもう一度飛びあがり、本に手をかけると

ぼとっと2冊床に落ちた。


2冊の内1冊は隣に置いてあったノートで、開いた状態で落ちた。

読んでいいのかという背徳感と戦いながらちらっと目をやると、詩のようなものが書いてあった。


・・・・・・・


・・・・うん。 これは、、、、かわいらしいというなということにしておこう。


さてと、本題の方はと、


「ただいまー。」


落ちた本をじっと見ていると、どうやら買い物を終えて帰ってきてしまっていたようだ。

「あら、何してるの? ってこら!! 悪さしてー!」


落ちている本に気づき、ちょっとだけむっとした表情をこちらに向けた。


「寂しかったのかなー。」


彼女はテキパキと買ったものをしまいながら、ぶつぶつと何かつぶやいている。


「さて、何を見てるのかなー・・・・っておおおい!」

しゃがみこんで、ノートを拾って本棚へしまった。


「なんでよりによってこの本を落とすのよ。」


彼女は落ちているもう一冊の方を手に取った。

穏やかな表情から、今度はこわばった表情に変わっていく。


ペラペラと数ページほどめくり、パタッと閉じた。

「・・・もう関係ないもんね。」


いつもの優しい表情に戻った彼女は、すっと立ち上がり、キッチンに向かっていった。


ーーーー ピーンポーン ーーーー


(うおっ!!)

突如部屋に鳴り響いた音に思わず、ソファの影に隠れてしまった。


彼女はドアを開けて、一言言葉を交わすと、

真っ赤な髪をした一人の知らない女性が入ってきた。


「りんりん、元気だったー? 狭くてごめんね。」

「問題なっしんぐ。」


りんりんと呼ばれたその子はギターを背負っていた。


「例の子はどこにいるの?」

「そこだよ、ソファの裏。」


ソファの裏に隠れているおれと目が合うや否や、パチッと目が大きく見開いた。


「かわいーー!! 君がゆず君なのね!!」

その子はブンブンを手を振ってきた。


「怖がってるのかな?」

「ん? その子、ビビりではないと思うんだけど、やっぱり初対面だしね。」


「そう思って、お土産持ってきた。 この子にも。

 じゃーーーん! チュールだよ!」


そういってりんりんが手に持っていた袋から出したのは、猫用のお菓子だった。


「おっとっと。」


袋から合わせていろんなものがぽろぽろと一緒に飛び出してきた。

(あんなとは気が合いそうにないな。。。)


「その子にお菓子あげたことないや。」

「これ食うとばか懐くらしいよ。 めろめろ。 ううううって」


封を切られた状態で差し出された。


目の前に初めて出される食べ物。 すぐに本能がこれはやばいやつだと悟った。

鼻をくすぐる香りに思わず生唾を飲み込む。

でも、これは食べていいのか。 初対面の人間が持ってきたものだぞ・・・


・・・・・


「めっちゃがっつくじゃーん。」

「よかったねえ、ゆず、 りんりんにありがとうは??」



ハッと気が付くと、すでに全部平らげていた。

なんて食べ物だ。 すっかり幸福感で満たされてしまった。



「・・・どう? バンド順調??」


横では2人がりんりんが買ってきたご飯を食べながら話していた。


「んー。微妙。 全然練習できていないしね。 授業で大変なのにバイトもで。」

「そっか。 やっぱり音大ってしんどいよね。」

「ってか、あんなの方はどうするの?? 本当にこのまま音楽辞めちゃうの??」


その会話にのんきに毛づくろいしてる場合じゃないと、身体を起こし話を聞き入った。


彼女はりんりんの質問にははっきりとは答えなかった。


「もし、よかったらさ。気分転換に練習だけでも見に来なよ。」

「うん、ありがと。 あ、私歌詞行けるよ! 多分だけど。」

「・・・あ、ありがと。 でもそれは遠慮しとくね。」

「なんでーよー。」



「あんな、ごめんね、 いうべきじゃないとは思ってるけど、やっぱりもったいないよ。このまま歌うの辞めちゃうのは。」


「うん、でも家で一人でいるときには歌えるし、それでいいの。

 これ以上歌を嫌いになりたくない。」


「・・・そっか。 おうちだと歌えてるんだね。 まあ、あんながそういうなら。

 ごめんね。」


彼女の話を聞くからには、やっぱり心底音楽を嫌いになったわけではないと思う。

あの時は、自分に言い聞かせているような・・・


「まあでも、もし学校辞めて離れ離れになっても、私たちは親友だからね!」

「うん! りんりん大好きだよー。」


見た目と性格の方向性が異なって見えるけど、仲良しなんだな。


「じゃあ、帰るね。」

「りんりん気を付けてね。もう外暗いから。」

「うぃ。 私かわいいから襲われちゃうかも。 ううっ!!」

ぶりぶりと身体を震わせた。


「あんなのことよろしくね、きみが来てからちょっとだけ明るくなったような気がするから。」


おれの頭をなででからりんりんは立ち上がって、帰っていった。


「よかったねえ、ゆず。りんりんに仲良くしてもらって。」

ただ、りんりんにももう一押ししてほしかった俺は消化不良だった。





そしてその日から、彼女はしばらく、ギターを出して歌うことをなかった。

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