きみに歌ってほしい!!!

ちゅろす☺♡

第1話 クリスマスの日に


この日、おれはボロボロで汚れた布の上で、熱を逃がさないようにうずくまっていた。


周囲は浮かれた声で街はにぎわっているが、

この路地はその光に当たることなく、世界から切り離されているみたいだ。


このまま動くことはないだろう。

もう、疲れた。




「こんばんは。 キミも一人なの??」




 ーどん底に沈んだ気持ちを照らすような高く、繊細な声ー


きっとこのまま一生の眠りにつくとそう思っていた。

そう、彼女に出会うまでは。





「家に来る? 小さいサンタさん。」

彼女はおれを抱えて、タオルで身体を包み眩しい外の世界へ連れ出した。


「君は首輪もついてないし、親も近くにいなさそう。

 それに”さくらねこ”でもないみたいだね。」


彼女自身のぬくもりなのか、包んでくれたこの毛布のおかげなのか

少しずつ呼吸がしやすくなっている気がした。


賑やかな街から少し離れ、広くはない部屋は運び込まれた。


タオルが敷かれたその上に、そっと下ろし

こっちに語りかける。


「キミは名前はなんていうの? どうしてあんなところに一人でいたの??」


名前はあった気がするが、思い出せない。 もうずっと呼ばれていない気がする。

気が付くとあそこにいた。


おれは彼女の質問に答えられず、ただ目を見つめることしかできなかった。



「ふふ。 おとなしい子なのね、明日病院に行こうか。」


そういうと彼女は部屋を暗くし、ベッドに横になった。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




このまま生きていくのだろうか。 

あの路地でそのまま寝ていた方が楽だったんじゃないかな。


よし。 この柵を超えて、あのドアの隙間から外へ出られそうだ。



・・・ガシャン!


飛び越えれずはずの高さの柵にぶつかってしまった。


「こら。 どこに行こうとしてるの。」

部屋の明かりがつき、彼女は僕を抱えて、再び柵の中へと連れ戻した。


「少しは元気出たのかな?? でも、夜はちゃんと寝ようね。」


彼女に促されるまま、次の日を迎えた。







「うん、よかったね。 少しずつ元気になっていこうね。」


病院で知らない人たちに触られた後、

どうやら、病気とかしているわけではなく、栄養失調気味だったそうだ。


「さて、キミの名前もまだ決めてないし、ごはんとか買って帰ろうか。

 入って入って。」



俺はケースに入れられ、そのまま彼女のお家に戻ってきた。


「名前は何がいいかな?」


病院帰りに買ってきた缶詰を小さいお皿に移し替えて、

向かい合うようにご飯を食べた。


「男の子だもんね。かっこいいな名前がいいかな?

 あっ! そうだ。 これがいいよ!」


彼女に拾われたときに、入っていた段ボールと俺が映った画面を見せてきた。


「きみは”ゆずっこ”。 ゆずって呼ぶね!」


どうやら俺がいた段ボールに大きく書かれていた文字が採用されたようだ。


「ゆず。  私は”あんな”。 これからよろしくね!」


俺の名前を呼び、ごはんを食べ終わった彼女は僕の頭を撫でた。




♪♪♪♪♪♪♪ ふんふん ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



ウトウトと寝ているところに、彼女の歌声で目を覚ました。


あの夜聞いた彼女の声が思い出される。 


世界中のあらゆるものがなくなって、

自分と彼女だけいるようなあの透き通るような声。


こんな感覚、今までなかった気がする。


世界中の人を幸せにするような歌声。

幸せが何なのかわからないけど、 あの夜のどん底からそっと手を差し伸べてくれるような。



「あら、起こしちゃったかな?」


"あんな"は抱えていたギターを床に置き、おれに話しかけた。


「ゆずは音楽好き??」


おれはあの夜より前のことも、自分のことはさっぱりわかっていない。

ただじっと彼女を見つめていると

彼女はにこっとをほほ笑んだ。


「よかった。私もね、音楽嫌いなの。」

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