環境問題
酷暑だから。と女は言って、扇風機を止めた。
冷房の効いた部屋で扇風機までつけるのはエコじゃない。
たしかにそうだ。
女が言う事は、大体が真っ当である時が多い。
大人だから当たり前だが、その理由が環境とか電力がひっ迫しているとか、どうも自分達からは遠い事を理由にするので現実味がなく、逆に私があまりにも気にしなさすぎるのではないかという気になってくる。
女はつまるところ、良い人なのだろう。
この素直さは、見習うべきかもしれないのだが、ある意味ではとても我儘に映る。
「涼しい部屋にいるのに、どうしてそんなに汗をかいてるの?」
こう言うところだ。私の事を、女は自分と同じように考える。
「知らない。男と女の違いなんじゃないの。代謝とか」
「シャワーでも浴びたら?」
エコって、どこからどこまでがエコなの?
私は言おうとして止めた。自分がなんとなく意地になっている気がしたから。
ソファに座る女の背を見ながら、私はほんの少しの間、立ち竦み考えた。
「どうしたの?」
女が振り返って私を見る。
「いや。エコについて、ちょっと考えてた」
私は言うと部屋から出、トイレに向かった。
特に足したい用もないまま、私は便器に腰掛ける。
扉の向こうに女がそっと歩いてくるのが聞こえた。
「トイレットペーパーとかさ、流す水は節約しなくていいの?」
私は少し大きめの声を出して言う。
「今日の夕飯を作る時の油とか、キッチンペーパーとか、それに、バターだってそう。牛はメタンガスを吐くんだ。だから、環境にすごく悪いんだって。牛がいなくなれば、環境問題のいくつかは解決するらしいよ。そうなったら、もう牛乳も牛肉も食べられないね。君の好きなケーキからはクリームが無くなる。それに、もしかしたらチーズとかも無くなるんじゃない? ヤギはウシ科だから、ヤギもメタンガスを吐くかもね。そしたらヤギも殺さなきゃ。エコだの、環境問題だの。どこからどこまで気にかければ、君は満足するの?」
最近は喧嘩というか、私が不満をぶつける事が多くなっている。
女は、反論してくるときもあるが、私の様子を見て何も言わずに黙っている時が多い。基本的には謝る事はしない。
それはお互いさまで、たぶん、頭の中では沢山の事を私にぶつけている。
でも、付き合いだした頃よりも、女はその気持ちを口に出さなくなった。
それはきっと、女の優しさなのだと、私は思っている。
女が私にかける手間や気遣いの数々を、自らわかっているから。
女は今でも時々、ふいに泣く。
それは食事中や会話中の、ふとした瞬間にこみ上げてくるのだと言う。
私はその時には涙を拭いてやり、明るい様をわざと続ける。
女は私の話で笑い、自分でも涙を拭いながら、私の肩に手を置くのだ。
女が廊下に座り込む音がする。
「ごめん、言いすぎた」
私はトイレから出て、女の前に座る。
「今日はチキングラタンを作るよ。それで許して」
私が言うと女は頷いて、片目から流れ出た涙を拭った。
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