沖縄県

 私は三十路を迎えた頃から、漫画が読めなくなった。連載中の漫画は、特に手に取りにくくなった。その理由は明確で、読んでいると、単純に疲れるからだ。

 そうなる前の私は、小学生の頃から漫画が好きで、同時にゲームも大好きだった。そんな、どこにでもいる小学生だったが、唯一、他の子供達と違ったのは、小説や映画も好きだった事だ。みんなは、特に男子は小説の類を一切読まない子供が多かった。私が図書室に行き、小説を手に教室に帰ると、「女みてえだな」と笑われた。

 そもそも、私が小説を好きになった理由は、母親の影響だった。幼い頃、寝る前に絵本を読んでくれていたが、いつからか、母の好きな小説になった。私は難しい言葉を、理解もせぬまま聞いて眠りに落ちていたのだ。幼い頃の私には、別に絵本である必要はなくて、母の声が聞こえていれば安心していたのだろうと思う。

 私は街の図書館で借りてきた小説のページをめくりながら、そんな事を考えていた。前のページの内容が少し頭から抜けていて、戻って確認する。

 長い時間小説を読んでいると、ふと、昔の事を思い出し、文字を目で追いながら別の事を考え込んでしまう時がある。この現象に名前を付けるつもりはないが、脳が小休止を促しているのかもしれなかった。

 先刻、宅配便が届いて受け取った段ボール箱が、廊下の端に見えた。

 私の腰の高さほどある、長方形の段ボール箱。受け取る際に重くて、気を抜いたら落としてしまいそうなほどだった。私は、注文した覚えはない。

 女はまだ帰ってきていないが、段ボール箱に貼られた伝票に一瞬、『沖縄県』の文字を見つけて、この重い段ボール箱には何が入っているのか、想像を巡らせるだけで、暇つぶしが出来そうだった。

 シーサーか?まさか、ガジュマルとかじゃないよな?

 段ボール箱を揺らしても中から音がしないのは、何かがぎっしりと詰まっているからだ。

 私は本を置いてキッチンに行き、換気扇を回す。その下で電子タバコを一本セットし、吸った。キッチンからも、段ボール箱は見えている。

 重さで言えば、十五キロくらいはありそうだった。少し盛ったかもしれない。さっきは、いきなり重量を感じたから、より重く感じたのかも。

 私は時計を確認する。女が帰って来るまでに中身を推測しきって、帰って来た途端に言い当ててやろう。女が注文したのだから中身は分かっているはずだ。

 伝票をもう一度確認してみようか。いや、それだと面白くない。伝票をしっかりと確認すれば、多分すぐにわかってしまう。

 通販ならきっと、この中身の商品を取り扱っている業者の名前が入っているから、それだと簡単に答えを当てられそうな気がする。

 今日は、夕飯は外食の予定になっているから、女が帰って来るまでに作っておく必要もない。まさかとは思うが、個人の出品者か?それなら沖縄というワードは何の当てにもならない。

 推測を邪魔してくる不安要素は他にもあった。

 私と女は二日前、スタジオジブリの『火垂るの墓』を観たのだが、案の定というか、私も女も感傷に浸りすぎて少々不眠気味だった。

 今、段ボール箱を目の前にしタバコをふかしている間も、実はさっき本を読んでいた間も、何度かあくびをしている。頭がきちんと働いていないのだ。その事が、私の推測の結果を陳腐なものにしているという、言い訳のような考えさえ浮かんできてしまうのが、とても腹立たしいのだ。そしてその腹立たしさは、さらに推測を邪魔してくるのだった。私は、負のスパイラルに陥っている。

 タバコを吸い終わって、シンクに置いたまま廊下まで歩く。段ボール箱の目の前で、私は胡坐になる。

「おーい」

 私は段ボール箱に話しかけてみる。その後で頭が馬鹿になっていると思った。じっと段ボール箱を見つめ続けた。


「何してるの?」

 私はその声にはっとなる。頬杖から顎が落ちて、私は声のした方を向いた。

 女がきょとんとした表情で私を見て、靴を脱ぐ。

「これ、届いたんだけど」

 私は人差し指を段ボール箱に向ける。突いてやろうかというくらいに近づけて、不機嫌に言ってやった。

「ああ、……ル○○○○。届いたんだね」

 私は咄嗟に耳をふさいだ。

「やめてよ!中身めちゃくちゃ気になって何が入ってるのか、当てようとずっと、もうずっと!何時間も考えてるんだから!」

 私が言うと女は笑って、「なにそれ」と言ってさらに笑った。

「そんなに笑う事?俺、おかしいの?」

「うん、おかしい。その考え方おかしい。伝票見たら、一発で分かるのに」

 女は言いながら、廊下を抜けてダイニングテーブルの椅子に荷物を置くと、キッチンで手を洗う。僕は冷蔵庫の前で、段ボール箱に背を向ける。

「わざと見なかったんだ。当てたかったから」

「じゃあ、ご飯食べて来てからにしようか。それ開けるの」

 女は言って、微笑む。

「それまでしっかり考えなくちゃ。ヒントは言わないで」

「はいはい。いこう、ご飯」

「うん」

 私はリビングのソファの上から、ショルダーバッグを手にして、廊下に戻る。

 段ボール箱を睨みつけながら、その横を通り過ぎた。

 

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