湊月の気付きと、志穂の閃き

「てかさ、これって生徒会関連の資料?」


 志穂が自分と衝突した際にまき散らした紙束の一枚を手に取って、その文面に視線を落として口を開いた湊月。


「えぇ。もうそろそろ華文祭の時期じゃない?だから、少しだけ忙しいのよ」

「確かに、去年もこの時期になったら実行委員と生徒会役員全員が忙しないイメージあるかも」


 転倒して少し皺のついた制服を手で整えながら答えた志穂。


「一応これでも私、生徒会の副会長だからね!色々手の付けなきゃいけない事が多くて」

「そっか~そうだよね。一年生で副会長だもん。ほんとに凄い」

「あはは……褒めてもらえるのは嬉しいけど、そもそもの競争率が低いから何ともなぁ……」

「いやいや。それでも、副会長に立候補する行動力が凄過ぎるから。あ、もしかして……今年の生徒会選挙では会長に……?」

「え、えぇ……まぁ、そのつもりではあるけれど……?」

「うへへ……ではでは、今後とも御贔屓ごひいきに」


 わざとらしく悪代官のような笑い方をする湊月に対し、呆れた苦笑を浮かべた志穂。


「もう。湊月はどこの部活にも入ってないんだから、特に生徒会から直接恩恵を受ける事なんてそうそう無いでしょ?」

「ん~、例えば会長の権限で、屋上の解放を許可してくれるとか!」

「屋上?安全上の問題で絶対解放できないとは思うけど、それしたところで湊月に何のメリットがあるの……?」

「青空の下、堂々と授業をサボって屋上で寝そべりたい!でもって、真面目な生徒……いや、普通に志穂から叱られたい!」

「え、湊月ってマゾヒストなの?ドМなの?」

「ねぇ志穂。Vオタクって、推しにならくしゃみかけられても助かっちゃう人種なんだよ?マゾじゃない訳無くない?」

「えっと……凄く真剣な表情でそんな事を言われても……」


 真顔で饒舌に自身の性癖を開示する湊月に、若干頬を引きつらせる志穂。しかし、すぐにしおらしい表情に変わると、湊月の顔を見上げるように目線を上げて口を開いた。


「別に……わざわざ贔屓にしなくても、私にとって湊月は特別だし……」


 唇を少し尖らせながら、ぼそっとそう呟く。その様子は、まるで飼い主に甘えたがっている子犬のようで、健全な男子高校生の脳を刺激するには十分すぎる程煽情的である。


「あ……えっと、うん。あり、がとう?」

「最近私思うのよね。私がどれだけ湊月の事が好きか、あんまり伝わっていないんじゃないかって」


 可憐な幼馴染からの唐突な愛嬌に、困惑しながらたじろぐ湊月。もちろん察しが良い志穂がその様子を見過ごすはずがなく、一歩距離を縮めて壁際に追いやると、かかとをスッと浮かせて湊月の頭の左側に手を付く──巷で言うところの壁ドンをして、


「ねぇ湊月、だ~いすきっ」


 耳元に唇を寄せて、甘く妖艶な声音でそう囁いた。


「ちょっ!志穂近いって!こんなとこ誰かに見られたらどうするの!?」

「ん~?幼馴染の単なるスキンシップって言えば、何も問題無いんじゃないかしら?」

「あるよ!それにその……恥ずかしいし……」

「ふふっ、恥ずかしがってる湊月可愛い……あうっ!でも、湊月が悪いんだよ?突然私の事避けたり、下着見たりするから……ううっ!」

「さっきから避けてるって言うけど、俺がいつ志穂を避けたっ──ん?……あう?」

「…………っ!」


 囁き声の中に混じり込む唐突な苦悶の声音。


 違和感を感じた湊月が、怪訝な視線で志穂の事を注視してみると、足先から身体全体にかけてプルプルと震えているのに気が付いた。


「……志穂さ」

「な、なーに?」

「無理して背伸びしてるから体が震えてるよ?」

「……ッ!そんな事は……!」

「とりあえず一回落ち着いて?ほら、踵も床に付けてさ」

「……ふぅ。まさか日頃の運動不足がこんな所で響くとは思わなかったわ……」


 普段あまり使わないつま先からふくらはぎにかけての筋肉を突如として強張らした結果、体全体が痙攣しながらキメ顔で壁ドンする事となった志穂。湊月から呆れ半分のジト目を向けられながら、これから少しでもランニングする事を誓った。


「ていうかさ、志穂の気持ちももちろん凄く伝わってるし、避けても無いんだけど?」

「……ほんと?」

「うん、ほんと。俺が大切な幼馴染を避ける理由が無さすぎるもん」

「でもさ……放課後すぐ帰っちゃって、最近全然話せてないんだもん……」

「それはちゃんと理由がある。実はさ──」


 そのまま湊月は、担任の先生から不登校生徒を復学させるように頼まれた事、橘すみれの家に通うようになった経緯、橘家に足繫あししげく通っている事を説明する。


「……なるほど。橘すみれさん、ね」


 事情を聞いた志穂は、自身も聞き覚えのあるその名前を口ずさみ、何かを考え込みながらこくこくと頷いた。


「うん。だから、決して志穂を避けてるとかそういうんじゃない。これは本当だから信じてほしい」

「……そっか。湊月が橘さんの所に通ってるのね。なら……私は何もしない方が──」


 頷きながら、湊月には聞こえない程の声量でぶつぶつと呟く。


 そして、何かを納得したのかパチンと手の平を合わせた志穂は、


「うん!湊月なら大丈夫ね!!」

「えっと……何が?」

「ん~ん。湊月なら、きっと橘さんを学校に連れてきてくれるなって確信したの!」

「う~ん……翔馬にも向いてるって言われたけど、正直今の所は全く上手くいってないからなぁ……」

「大丈夫よ。湊月なら、絶対に大丈夫。多田君も私も、近くで湊月を見てきたからこそ、貴方ならきっと大丈夫って言えるもの。もし天宮先輩に聞いても、絶対に同じ事を言うわ!」

「そうかなぁ。全くもって自覚は無いんだけども……」


 俯きがちにそう言った湊月。


 その姿を見た志穂は、ゆっくりと右腕を上げて、優しく頭を撫でた。


「自覚が無いのは、意識しなくても人に優しく出来るから。これって、簡単そうに見えてすっごく難しい事よ?」

「難しい事……」

「うん!だから、悩まずに湊月の心の中にあるものを、そのまま彼女に伝えてあげたら良いんじゃないかしら?きっとその率直で真っ直ぐな温かさに、その子も救われると思うの……あの時の私みたいにね」


 柔和な笑みを浮かべて、語り掛けるように言葉を残す志穂。


──率直で、真っ直ぐに。


 言葉には出さず、心の中で唱えるように復唱した湊月。


「今日も、この後行くんでしょう?」

「う、うん……」

「私の……私達の大好きな湊月なら、絶対に橘さんと打ち解けられる!自信もって!!」


 そう言い、志穂は両手の拳を胸の前に出して応援のポーズを見せる。


「うん。色々考えずに、そのまんまの言葉で話してくる!ありがとう志穂!何だか頑張れそうな気がしてきた!!」

「その調子その調子!落ちてる残りのプリントは私が拾っておくから、湊月はもう行ってあげて?きっと待ってるから」

「ごめん!ありがとう!今度何か奢るから!!」


 そう言い残し、湊月は颯爽に下駄箱へ続く階段を下りていく。


 残った志穂は、床に散らばっている残りのプリントを拾いながら、誰もいない廊下で一人そっと溜息を吐いた。


 手に持っているのは、華文祭の資料──に手書きでこそっと書かれた『湊月と文化祭を回る!いつもと違う雰囲気で、メロメロにしちゃおう作戦!』という意気込みの一枚。


 最近ゆっくりと話せていなかったが、実はこれのお誘いをする為に志穂は放課後湊月の元へと訪れていたのだ。


「はぁ……完全に誘うタイミングを逃しちゃった……」


 もちろんSNS等を使って伝えても良いのだが、変な拘りを持っている志穂はどうしても顔と顔を合わせて伝えたい。


 携帯電話など便利な連絡ツールが普及し、簡単に他人と交流できる時代になったからこそ、自分が重きを置いている大切な話は直接伝えたい。少し古典的かもしれないが、白羽志穂という少女はそういう性格なのだ。


「まぁ、どっちみち今は湊月忙しそうよねっ!」


 そう自身を納得させて、プリント拾いを再開させた志穂。


 すると、拾っていた数多の紙の中から、ひと際目に付くフォントと文字列が。


「ミス・華文コンテスト?え~っと、今年から開催を企画された……コスプレ必須のミス・コン?コスプレ…………ハッ!!」


 その書類に書かれている文面を音読している内に、一つの閃きが稲妻のように志穂の脳内に降り注いできた。


 そして、口角を上げながら不敵な笑みを浮かべて、


「これよ!……これなら、『いつメロ作戦』成功間違いなしだわ!!」



─────────────────


ここまでご拝読して頂いた方々、本当にありがとうございます。


もしよろしければ、★と♡また感想やレビューの方よろしくお願い致します。

 

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