プロの土下座

「おっつかれさまで~す!」

「「あ、お疲れ様です!」」


 入ってきたのは、ESEの社員にして天使悪魔あまつかでびる春秋冬夏しゅんしゅうとうかのマネージャーをしている敏腕女性──笹木唯ささきゆいだ。


 クリーミーピンクの鮮やかな髪色に、茶色味を帯びた瞳。細身のスラっとした体型であり、髪色以外は非常に黒スーツと相性が良い、大人びた雰囲気の清廉な女性である。


 いつも通り結んだポニーテールを左右に振りながら、軽やかな足取りで志穂と夏音の元へやって来る。


「いやぁ~いつも通り仲が良いですねぇ!は!」

「あはは~そうなんですよ~!本当にいつも気が合うんです!!」

「天先輩がウチの事好きすぎるんですよね~!」

「え~?冬夏ちゃんだって、私の事大好きじゃ~ん!」

「あははははは!」

「あははははははははは!」

「ブフォッ!!天春てぇてぇ!!!!!!ぐはっ!!!!」


 そう言い放ち、盛大に鼻血を吹き出しながら床に頭をぶつけた笹木唯。否、ただのVオタク。


 この女性、自身がマネージャーを務めている二人の配信者ライバー所謂いわゆるガチ恋オタクというやつで、実は就業中に出血多量で一度病院に運ばれるという経歴を持っていたりするのだ。そのせいで、何度かマネージメントする人間を変更する話も持ち上がってはいるのだが、あまりの敏腕さ故にその危機を耐え凌いでいるという、バリバリのキャリアウーマンではあるのだが。


「笹木さん!?いつも通りですが、一応大丈夫ですか!?」


 わなわなと今にも死にそうな痙攣を起こしている笹木に、少し不安気な表情で近寄る志穂。


「は、はい……何とか命だけは。危うく尊死するところでしたが……」

「尊死……?きょうび聞いた事無いですが……まぁ大丈夫なら良かったです」

「ていうか今更なんですけど、悪魔ちゃんと冬夏ちゃんって同じ学校の、それも先輩後輩なんですよね?えっと、確か現実リアルでは、冬夏ちゃんが先輩で悪魔ちゃんが後輩でしたっけ?配信者ライバーとしては先輩と後輩が逆なの、こんがらがったりしないんですか?」

 

 鼻血を拭きながら、そう疑問を口にした笹木


 現実と仮想の世界ではそもそもの人生が違う。VTuberは、配信者ライバーとしてインターネットの回線を走り始めてからが誕生だ。その為、年齢による序列も、現実と入れ替わったりするのは珍しい話ではない。


「それに関しては大丈夫ですよ唯さん!ウチらは、現実リアル仮想バーチャルを切り離してますから!」

「そうです!私達にも先輩方のように、ESEとしてのプロ意識がありますから!」

「ぐはっ!仕事熱心な推しヤヴァイ!鬼萌える。もう死んでもいい。いや今死にたい!!」

「はいはい、ありがとう唯さん。ていうか今日は、何か用事があって呼び出したんでしょ?」


 体をくねくねと、少々気持ちの悪い身悶え方をする笹木に対し、呆れながら口を開いた夏音。


「はっ!そうでした!!」


 笹木は、瞬時に我に返ると、一度咳払いをして黒いスーツを整えて話し始める。


「実はですね、この度四期生がデビューする事になりました!!」

「え、凄い!!てか、ウチに初めての後輩だ!!」

「そうじゃん!冬夏ちゃん初めての後輩だ!!おめでとう!!」

「うわ~!ほんとに嬉しい!!!何かウチが緊張するんですけど!!」


 後輩配信者ライバーのデビュー決定に、互いにハイタッチしながら喜び合う志穂と夏音。そんな二人の様子を眺めて、にまぁっと屈託のない満面の笑みを浮かべる笹木。


 しかし、そんなほのぼのとした仲睦まじい空間に浸りながらも、ふとある疑問が浮かんでくるわけで。


「てかさ、それだけだったらわざわざ事務所まで来る必要無かったんじゃ……?」


 ぽつりと、頭に浮かんだ率直な疑問を口にする夏音。


 それを聞いて、笹木は何とも居たたまれない表情を浮かべた。


「えっと……えぇ、まぁ。それでけでは……無いのですが……」

「どうしました?まだ要件があるなら、それも一緒に……」


 そこまで言ったところで、瞬時に志穂と夏音の視界から笹木が消える。


 刹那、二人の視線がその速さに追いつく頃、笹木は地面に突っ伏しており、見事なまでの土下座が完成されていた。


「その四期生の二人、実は二人と同じ高校なんです!!」

「「……えええぇぇぇぇええ!?!?」」


 無言のタイミングまでもぴったりと同調しながら、天をつんざかん絶叫を部屋中に響き渡らせた二人。


「またですか!?これで三人目ですよね!?」

「奇跡というかなんというか……ウチらの世界って狭すぎ……」

「で、でもまぁ……可能性としてはある話よね、うん。ていうか、それなら別に笹木さんが頭を下げる話では無いと思いますが……?」


 そう言い、集中する二人の視線。もちろんその先にあるのは、体をコンパクトに折り畳んだままの笹木である。


「じ、実は……その……」

「……ん?」


 恐る恐るといった様子で、ゆっくりと話す笹木。あまりの声の小ささに、志穂と夏音は耳を近付ける。


「その子が不登校で……それはまぁ良いのですが……」

「はい」

「不登校の上に引き籠りなんですよ……」

「はいはい」

「つまり……家からほとんど出れないタイプの子でして。ただ、まぁ……デビューする時は、一度この事務所に来てもらって、打ち合わせと顔合わせを行うのがルールなんですよ……」

「……ん、んん?」


 同じ方向に小首を傾げる二人。


 そのまま、数秒の無言の後、ゆったりと頭を上げた笹木は、つむじが天井と平行になるや否や、再度物凄いスピードで頭を床に擦り合わせながら言い放った。


「その子、連れ出してきてください!!!!」

「「……はにゃ?」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る