はにゃ?

 時を同じくして、湊月が橘すみれの元へ向かったその日。


 ある建物の一室にて。終始落ち着かない様子の現役女子高生兼人気VTuberである二人の姿がそこにはあった。


「ね、ねぇ……ウチら何で呼ばれたんだと思う?」

「私だって分かんないですよ。この前の一件は、事務所とも話はついてるし……」


 誰もいないはずなのに、わざわざ耳打ちで話しかけた、天宮夏音もとい春秋冬夏しゅんしゅうとうかに対し、声量は平常通りだが見るからに表情が曇っている、白羽志穂もとい天使悪魔あまつかでびる


 この二人が現在いるのは、絶賛勢い右肩上がりで二人を含めた有名VTuberが複数在籍している界隈の先駆けを切った企業、『EnCouragE』通称ESE《イース》の事務所である。


 七階建てのビルとも呼べそうな大きい建物の四階。白い長机と黒いオフィスチェアーが並んだ応接室に二人は座っていた。


 鮮やかな桃色の髪に、きめ細やかな化粧。銀色の光沢を見せるピアスを付けている志穂と、流麗な漆黒の頭髪にそれと相反する白のカチューシャを身に着けている夏音。服装は、学校帰りという事もあり二人とも制服だが、同じ衣服とは思えないくらいそれぞれに個性が浮き出ている。


 志穂の方はラフに着崩していて、スカートが膝上なのはもちろん、胸元は第一ボタンまで開いており鎖骨にあるホクロが見えている状況だ。それに対し夏音は、きっちりと制服を着用していて、スカートの長さは校則規定、Yシャツのボタンは当然の事上まで締められている。まぁ、そのせいで胸の部分に位置するボタンが、悲鳴を上げていそうな程ぎゅうぎゅうに圧迫されている訳だが。


 元々圧倒的に顔が整っているのはあるが、あまりにもギャルっぽい志穂とあまりにも清楚っぽい夏音の姿を見て、この二人がつい最近属性アイデンティティの反転をしたとは、恐らく誰も想像出来ないだろう。それ程に、二人の個性は板についているのだ。


 一見したところでは、まるでこれから撮影を控えているモデルの楽屋にしか見えないこの場所。しかしながら、ここは歴とした企業ビルの一室であり、VTuber事務所の控室である。


「てかさ、ウチらがここに呼ばれる事はちょこちょこあるけど、何の理由も聞かされてないのは初めてじゃない?」

「えぇ、まぁ……本当なら今頃、湊月と黒いつぶつぶが入ったミルクティーを飲みに行ってたはずだったのに……」

「黒いつぶつぶのミルクティー?え、それって……もしかしてタピオカの事?」

「あ、そう!それです!」

「シホっちタピオカの事、黒いつぶつぶって言ってんの!?ほんとにJK!?」

「何ですか!正真正銘の女子高生ですが!?何なら、先輩より若いし!」

「若いって、一個しか違わないじゃん!てか、若いなら尚更タピオカの名称知らないのヤバくない!?」

「いやだってあれ、黒いつぶつぶじゃないですか……」

「そうだけどもっ!だとしても、タピオカを黒いつぶつぶって言ってるJKシホっちくらいだよ!?感性がおばあちゃん!!」

「おばッ……!?もっと他に言い方ありますよね!?絶対!!」

「そんな、ザ・今時!みたいな格好しててタピオカ知らないのは、もう本当に危機感持った方が良いレベルだから!流行語の教科書も読みなね?」

「ぐ……っ。随分言いたい放題と……!」


 志穂がタピオカという名称を知らない事に対し、愕然としすぎて『湊月と』というパワーフレーズを聞き流す夏音。


 そんな夏音に小バカにされた志穂は、ばつの悪い表情で頬を膨らませていた。



「てか、シホっちってJKの間で流行ってるトピックみたいなのほんとに疎そう」

「た、たまたまタピオカを知らなかっただけですから!!」

「タピオカは、たまたまでも知らないような代物じゃないんですぅ!じゃあ、JKクイズ出すから答えてね?」

「えぇもちろん!そんなの望むところですから!!」


 にやりと口端を上げて煽る夏音に対し、唇をきゅっと結び強気な姿勢を見せる志穂。


 そして、「てーれんっ!」とセルフイントロを入れた夏音は、人差し指を立てながら口を開く。


「第一問!『はにゃ?』とは、どんな時使うでしょう!」

「はにゃ?何ですかその今にも折れそうな骨の擬音は。てかそれ、本当に流行したんですか?聞いたこと無いですけど」

「例え方が独特すぎ。ちゃんと流行ってたし、いいから早く答えて!」

「ん~、あ!死角から急にどつかれた時!」

「うんうん!確かに漫画とかで、太文字フォントがコマいっぱいに出て、溌剌はつらつとした女の子が叫んでる時あるよね!!……って、ちっがーーう!!JKの日常で死角からどつかれる事ってそうそう無いから!!」


 深々と熟考した末に辿り着いた志穂の答え。


 夏音は、声を張り上げながら渾身のノリ突っ込みをするが、部屋にはそもそも二人しかいない為、さながら真空のように静まり返る。まるで夏音がスベッたかのように。


「う、うるさいです……先輩……」

「それはごめんだけど、ぜんっぜん違うから!!はにゃって言うのは、意味の分からない時に使うものなの!!」

「てことは、はにゃ!じゃなくて、はにゃ?って事ですか?」

「そうそう!てか今のマジで可愛かったんですけど?もっかいやってくんない?」

「え……まぁ良いですけど……はにゃ?」

「~~~~~~ッ!!!!!」


 人差し指の先を口元に当てて、困惑しながらも首を傾げた志穂。その姿を見た夏音は、声にならない叫び声をあげて床へと突っ伏した。


「か、かわゆすぎる……ッ!も、もっかいやって!!お願い!!」

「も、もう嫌です!何か恥ずかしいし……」


 頬を紅潮させながら俯く志穂。


 誰かに痛めつけられているかのように悶えていた夏音は、一度深呼吸をして、


「じゃあ続いて第二問!!ギャルピ!これは何でしょう!」

「あ、それはあれですね!ピースを逆さまにするやつ!!」


 そう言って、得意気にウインクしながらピースを逆さまにして腕を伸ばす志穂。


「え、何でこれは分かるの?」

「ギャルになる為の基礎ですから!!」

「うん、なら何でタピオカを知らないわけ?ねぇ何で?」


 困惑しながら表情をしかめる夏音に、無い胸を精一杯に張って意気揚々として見せる志穂。


 今日も今日とて仲が良い二人が、続けて三問目に行こうとした時、控室とオフィスルームを隔てるドアが音を立てて開いた。


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