すみれさんと、もう少しだけ話させてください

「……え?」


 突然饒舌になった湊月を見て、少々困惑気味の優佳さん。しかし、湊月は構わず喋り続ける。


「俺の今の両親再婚なんです。俺は母親の方に引き取られて、今はその新しい父とその連れ子である義理の妹と一緒に暮らしています。正直、妹以外との関係はぎくしゃくしてます」

「え……えぇ」

「ちなみに、前の父は最期に俺と会った日に自殺しました。ある遺書を残して」

「……え?」

「父が死んだ後、俺は本当に後悔しました。何であの時こうしなかったんだとか、こう言わなかったんだとか。後から悩んだところで完全に後の祭りですが、それでも自分が嫌いになりそうな位には悩みましたよ」


 あの日の衝撃とショック、心臓を突き刺すような痛みは一日たりとも忘れた事などない。


 こんな話を、わざわざ優佳さんに言った理由は分からない。きっと言う必要は無かっただろう。しかし、はっきりと伝えておきたいのだ。それはまだ、自分自身も克服できていない事で、人に言えたもんじゃないが、それでも伝えるべきだと思ったから湊月は口を開いた。


「悩んでる時、一つ分かった事があるんです。ちっぽけで、人によっては当たり前って笑われてしまうかもしれませんが」

「分かった事?」

「はい。それは、一歩近付く勇気です。俺にはあの時も今も、近付く勇気が持てなかったんです」

「……近付く、勇気」

「決めつけて、関係性を良くも悪くもそのままにしておく。理由は、自分が拒絶されたくないからとか、今の関係性を壊したくないからとか様々ですが、相手は自分をこう見てると決めつけて、距離を保つ」

「…………」

「でも、その先に待ってるのは大概が後悔だと思うんです。相手が、大切な人であればある程。だから、償いとか母親失格とか、そういうので娘さんと自分の関係性を決めつけないで、しっかり話し合ってみてはどうでしょうか?」


 湊月は、ここまで言ったところで、つい自分が熱くなって余計な事を偉そうに口走ていた事に気が付く。


「その……偉そうな事言って、すみません」

「い、いえ。それより貴方……本当に高校生?」


 湊月の顔を凝視して、目を見開いている優佳さん。その表情は、愕然としているとも、感嘆としているとも捉える事が出来た。

 

「え、えぇ、はい。高校二年生です」

「……そ、そうよね。ごめんなさい。でも、何だか納得だわ。仲良い人でもこんな話は絶対しないのに、小野寺君にだけはつい喋ってしまった理由が」


 何かに合点が付いたらしい優佳さんは、柔らかな笑みで続けた。


「重い話だったのに、聞いてくれて本当にありがとうございました。今まで誰にも言えなかった事だから、少し心が軽くなりました」

「俺も重い話したんで、これはその……お互い様って事で。それと……」

「はい?」


 そう言いかけながら、椅子から立ち上がった湊月。


 そして、そのまま深々と頭を下げた。


「もう少しだけ、すみれさんと話させてください!多分今日はダメだから、日にちを変えて!」

「……え?えっと、どうして急に?」

「その……すみれさんと話してみたくて。理由は良く分からないけど、そう感じました」


 湊月自身、どのような心境の変化でこうなったのかは分かっていない。自分の状況と彼女の状況に軽い親近感シンパシーが湧いたのかもしれないし、そうじゃない気もする。


 ただ、一つ言える事は、とにかく橘すみれと直接話してみたいという事だ。理由なんてのは、きっと話してみたら分かるだろう。


「なので、その……ご迷惑じゃ無ければ、橘すみれさんが登校するの、もう少し手伝わせて頂けませんか?」


 真剣な声音で、再度申し入れる湊月。  


 初めは驚愕に満ち満ちていた優佳さんの表情だが、その姿を見て口端を上げた。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 こうして、本日二度目のお互いに頭を下げているという不思議な構図が完成してしまったものの、今回は頭をぶつける事は無かったのであった。

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